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四十余年にわたる作家生活で千篇近い作品を残した松本清張は、ほんとうは広島で生まれていたそうなのですが、小倉で出生届けが出されていたことから、本籍地でもある小倉にゆかりのある作家ということで、小倉城などとともに、勝山公園内に「北九州市立松本清張記念館」が建てられています。
松本清張は、芥川賞作家ながら、ジャンルを超え、ひとつの型にはまらない巨大な才能を持ち、膨大な資料を徹底して読み込んで、その綿密な調査をもとに、不明な点、不足する部分を考察し、推理して構想を練り上げ、さらに人間の本質に踏み込んで、隠そうとした欲望や不都合な性質をえぐり出して、社会での出来事や、世間とのかかわりによって、奥行きと深さを持たせ、ひとつひとつが重量級の作品を生み出した執筆力の旺盛さと、たゆみのない創造力は驚異的でさえあります。
幼少期から青年期に苦労を重ねたことをばねにして、その経験を糧にして、まるで社会に復讐するかのように作品を生み出しつづけたのには、人間を見つめ、暮らしを見つめ、社会を見つめ、そして自分を見つめ、日々懸命に生き抜いて、懸命に考え抜いてきたからでしょうが、テーマは人間であり、根本には森羅万象への好奇心と探究心があったようにも思えます。
高度成長期の日本とともに、莫大なエネルギーで独自の路線をひた走り、82歳で亡くなるまで書きつづけた天職としての作家であり、量産しつつも、創造の泉が枯渇しなかったのも稀有な存在のような気もしてきます。
映画「砂の器」は、日本映画の最高傑作ではないにしても、刑事たちの鬼気迫る粘着質の捜査活動と、一旦糸口を見つけたなら、すべて引きずり出すまであきらめない執念は、松本清張さながらで、見終わったあと、何とも言えない重苦しさで、この重さの味を知ってしまうと、ほかの映画が軽すぎて、まったく意味のないくだらない映画のように思えてくる後遺症にかかってしまいましたが、人間はここまでできるのか、という感動が大きい反面、そこまでやらないと気がすまないのか、と呆然とする一面もあり、よくもわるくも、執念深い作品が多いですね、という感想を持っています。