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南北朝時代、永和元年(1375)に紀州根来寺の学頭・睿憲によって創建された真言宗智山派摩尼宝山瀧谷寺は、当時、この地を支配していた奈良大乗院が寺領500石を寄進して、伽藍の造営を助け、のちに、戦国大名の朝倉氏や柴田氏、福井藩主の松平家、丸岡藩主の有馬家など、越前の歴代領主の祈願所として、帰依、庇護を受け、境内は4万5000平米、貞享5年(1688)に改築された寄棟造りの本堂には、泰澄大師作と伝わる薬師如来が本尊として祀られています。
本堂のほかにも歴史のある建築物が多く、本坊庫裏も本堂と同じ時期の建立、上部が鐘楼、両脇に供待を配した柴田勝家寄進による門は、元禄11年(1688)に改修され、昭和37年(1962)に檜皮葺の屋根を銅葺に替えた鐘楼門、観音堂は寛文3年(1663)に改築を行い、安島雄島の三保明神などを祀る鎮守堂は室町時代の建築、石棺に13仏が浮き彫りにされている石龕開山堂は奈良大乗院荘園預かり本荘の庄の地主・堀江氏の築造と、風雪に耐え、幾時代をも乗り越えてきた風格があり、細部まで作り込む匠の技には、時の流れに風化しない力強さと重厚感がありました。
本堂内には、毘沙門天や弁財天などの仏像、蜂須賀小六の甲冑などが展示され、間近で見ると気圧される感じがありました。
多数の文化財を収蔵し、一部を公開している宝物館には、国宝の平安時代の工芸・金銅毛彫宝相華文謦や重要文化財の鎌倉時代の作・絹本着色地蔵菩薩図像、四代朝倉孝景から寄進された室町中期以前の星図・天の図のほか、仏画や古文書も展示されていました。
毎年6月には、600年以上つづく「柴灯大護摩供」が行われ、護摩木の残り火の上を素足で歩き、無病息災を願う伝統行事で、山伏の修行も現代に息づき、心を静めて、集中することで所願成就を祈るのも、むかしもいまも変わらない心持ちだと思えます。