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江戸幕府2代将軍徳川秀忠(在位1605~1623)は、寛永9年正月24日(1632年3月24日)に死去、霊廟が増上寺境内南側に設けられました。
台徳院霊廟は太平洋戦争前までは増上寺の一角にありましたが、空襲により増上寺の北御霊屋と南御霊屋の大部分が焼失、台徳院霊廟で焼け残った勅額門と御成門、崇源院霊廟で焼け残った丁字門の三棟は埼玉県所沢市の狭山山不動寺へ移築され、惣門だけが芝に残されました。
現在は、増上寺と芝公園の間、東京タワーを背後に、ザ・プリンスパークタワー東京のホテルへの入口のようにたたずんでいますが、江戸の名残りをとどめる味わい深い仁王門です。
阿形243.5cm、吽形247cmの寄木造り、砥紛地彩色の仁王像は、案内によると元は埼玉県川口市の真言宗西福寺に安置されていたらしく、寛政元年(1789)と弘化3年(1847)の二度修理が行われ、安政2年(1855)の暴風で破損したまま観音堂の片隅に置かれていたものを、昭和23年(1948)に西福寺の三重塔の修繕とともに三度目の修理がなされ、浅草寺に移され、経緯は不明ながら、昭和33年(1958)頃に惣門に安置されたと考えられているそうです。
江戸の作の仁王像は、どことなく眉毛の濃いおっかないおじさん風で、相撲取りがポーズをキメているかのような雰囲気のおかしさもあって、にらみつけて悪者を退散させるよりも、ちょっと待てと呼び止めて、説教しているような雰囲気を感じてしまいました。