


入場無料ということで、込み合っていたら、じっくり見られなくて面白くないかもしれない、と危惧していましたが、意外と客はまばらで、ゆっくり見て回ることができました。
宮本武蔵は、晩年、肥後熊本藩54万石の細川家に客分として招かれ、一流の武芸者として、当主の忠利、光尚をはじめ、上級の武士たちと武術談義をし、交流を重ねるうちに、兵法書「五輪書」を著し、水墨画や書の作品から、鐔などの金工品、木彫りなども手掛け、展示されている作品もまた「達人」の域に見えました。
やはり、一芸に秀でた人は、何をやるにしても上達する心得を持っていて、周囲の一流の人たちから素直に技術を吸収し、身につけた技能を集中力とともに発揮し、作品に取り組み、完成させたのでしょうが、その才能を見抜く殿様や武士たちも一流の理解者だったように思います。
勝負の世界で生き、敗れれば命を失う厳しさは、凡人が想像しても、到底及ぶべくもないにしても、勝ち抜く人だけに見える本質があり、本質のひとつとして「五輪書」の中で「拍子」について書かれている一節があって、「拍子」は武芸でも芸事でも大切なことであり、「拍子」とは人それぞれが持っていて、律動、リズム、あるいはスタイルで、対決に当たっては相手の「拍子」をはずすことが肝要とあり、翻って、個人においては日々たゆみなく磨き上げて、強い「拍子」を作り上げることで、何かをつかむことができる、達磨の水墨画や不動明王の立像を見ながら、そのように考えました。