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櫻正宗は、寛永2年(1625)に兵庫県伊丹市で創醸し、天保11年(1840)六代目当主が西宮郷の梅の木蔵の井戸水・宮水を発見して、魚崎郷に運んで仕込みに用い、できばえが評判を呼び、この頃に酒銘を「正宗」とし、原料米の精米時間を長くして、通常よりさらに白くした「高精白仕込み」を行い、吟醸酒の創始者となり、明治17年(1884)に櫻正宗を商標登録、明治40年(1907)醸造試験所の技師によって櫻正宗の酒母から分離された酵母が最も優れた酵母に選ばれ「協会一号酵母」として昭和10年(1935)まで全国に頒布されるなど、つねによりよい酒づくりを考え、400年にわたり業界より一歩先んじながら積み重ねてきた歴史には重みが感じられます。
櫻正宗記念館「櫻宴」は、1階が喫茶店と直売所になっていて、中央の階段を上ると、酒造道具や昔の看板、酒瓶、ラベルなどが展示してある「蔵町通り」があり、奥には酒蔵ダイニングと三杯屋という飲食施設がありました。
蔵町通りで、とくに面白かったのが、昔の酒づくりの貴重なトーキー映像で、字幕が漢字とカタカナで書かれていたところから推察するに戦前に撮影されたと思われ、わざとに早回ししているのか、フイルムをビデオに焼き直す時の速度の違いなのか、テンポよく画面が展開し、多くの人がたずさわり、大変な労力をかけて、酒を醸していたことがわかりました。
昔の日本酒のイメージといえば、職人風の作業着をはおって、さっぱりと刈り込んだ清潔感あふれるごま塩頭に手ぬぐいを鉢巻にして、首筋が赤銅色に焼けてしわのよった年配の親父があぐらをかいて、一升瓶をつかんで、欠けた茶碗に流し込んで、うまそうにあおるという姿が思い浮かんできますが、高度成長期の酒は水あめでのばしていたためか、さわると手がべたついて、燗にすると独特の臭気が漂って、あまりおしゃれな飲み物とは思えず、飲んで暴れたり、泣いたり、わめいたり、たがのはずれる人を見かけることもあり、好んで飲みたいとは思っていませんでした。
平成の時代となって随分過ぎ、吟醸酒を冷やして飲むのが普通になって、飲み口もさっぱりとして、後味もよく、人と語り合う時には日本酒が一番と思えるようになってきましたが、やはり、時代の移り変わりとともに人々の嗜好も変化して、酒蔵には外国人の姿も多く見受けられ、日本の文化であり、歴史ある蔵元もまた、変化に対応しているのが驚きでもあり、感服するところでもありました。