


飛鳥時代の銅造仏頭、奈良時代の乾漆八部衆や乾漆十大弟子像、平安時代の板彫十二神将像や銅製灯籠、鎌倉時代の木造金剛力士像や木造天燈鬼龍燈鬼像などが安置され、悠久の歴史を感じさせるとともに、余りの存在感に気圧されながら、写実を超え、その精神までも表現し尽くしたかのような造形には、言葉を失って、ただ見とれるほかありませんでした。
興福寺国宝館といえば、乾漆八部衆阿修羅像が有名で、順路の最後の方にに主役として安置されていました。
見どころはすべてと言っていいくらいですが、やはり、木造金剛力士像は圧倒的な迫力で訴えかけてきて、阿吽の形相や姿が目に焼きつきますし、木造天燈鬼龍燈鬼の不思議な魅力に引き込まれて、その独特の表情には、造形の神が降りてきたとしか思えないくらいの人智を超えた創造の力を感じました。
慶派の作品は、それまでの仏師の流れを継承しながらも、人間を凝視し、現実を見据え、さらには仏教の造詣も相当に深く、見識も高く、より一層本質に迫って、革命を起こしたのだと思えてきました。