白山にある私立大学のいまは廃止された夜間短期大学部に通っていた時、三学科共通の授業でいつしか親しくなった体格のいい多摩地区の面積の大きな市の名前に太陽が昇る方角のついた高校の卒業生が、「高校時代は野球部で、投手で二番打者だった」という話をことあるごとにしていました。
「巨人のカムストックよりオレの方が球が速い」とか、「100m13秒を切る足を生かして盗塁を決めたのが決勝点につながった」とか、「都大会で野球部始まって以来、初の4回戦進出を果たした」とか、「中京大学に進学したが肩を壊してやめた」などという自慢話を、一緒に8mm映画を撮っていた日文科の友人とふたりで聞かされている時には、「スゲー」とか「ハエー」などと母音融合させて、とりあえず感心したような返事をして、真に受けている風情は装っていたものの、どこかに疑わしい気持ちがぬぐい切れずにいたのも事実ではあって、まったくどうでもいい話でもあり、少しは面白い部分もあるし、いい気になって語っているところに水を差すのも野暮なので、真偽のほどはそのまま棚上げにしておきました。
ある時、カムストックより球が速い人が欠席した折、都営地下鉄から京王線でいつも一緒に帰っていたグループの中に、「ヤツの野球の話はウソに決まっている」と決めつけ、「ツレのダチが東高だから今度聞いてみる」と真偽にこだわり、義憤に燃えた観光学科の学生がいたのでした。
しばらくして、三学科共通の授業の時、多摩地区の面積の大きな市の名前に太陽が昇る方角のついた高校の卒業アルバムを持ってきていて、「オレの言った通りでしょ」と勝ち誇ったような顔をして、差し出してきた卒業アルバムを見せてもらうと、カムストックより球が速い人の名前は間違いなく刻み込まれて、顔写真も間違いないものの、部活動の紹介ページには、硬式野球部が存在していなくて、陸上部や体育会の100m走にも記録がなく、進学先も中京大学ではなく専門学校になっていて、持ってきた人の顔を見上げて、何がそこまで駆り立てるのかは理解できないながらも、「スゲーな、スゲーな」とすごいを母音融合させて何度も発音し、心からの賛辞を述べ、すごいという形容詞を、卓越した調査能力に対してなのか、自慢話の捏造を暴く情熱に対してなのか、あるいは背後に控えるネットワークに対してなのか、何に対して使っているのか、自分でもわからないまま、そうとしか言えない漠とした気持ちに包まれました。
その後も、カムストックより球の速い人とも、多摩地区の面積の大きな市の名前に太陽の昇る方角のついた高校の卒業アルバムを持ってきた人とも、授業で会えばあいさつや世間話をしましたが、卒業後はまったく疎遠になってしまいました。