「海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある」という三好達治の詩の一節を教えてくれたのは、白山にある私立大学の二部に通っていた時のフランス語の教授で、「海も母もメール、フランス語は定冠詞をつけて覚える方がいいから、ラメールと発音しよう」とつづけて、程度のわるい学生たちに、少しでも興味を持たせようと何度も暗誦してくれたのでした。
「つづきは覚えていねえのかよ」とか、「だから何なんだ」などと、愚にもつかない8mm映画を一緒に作成してくれていた隣席の唯一の友人に小声でささやきつつも、異国の言葉にも鋭い感性を持ち、自国の文字にも発見のある三好達治の視点にも胸を打たれ、母と海のイメージは国境がないことにも気づかされ、さらにはフランス語教授の教養の広さにも触れて、記憶の奥底に深く刻み込まれることとなりました。
何よりも鮮やかによみがえるのは、フランス語の17の母音の発音練習をする時に、教授の口をすぼめるひょっとこのような表情によって教室中が爆笑の渦となり、顔を赤くしながら、「最初の授業で毎回大笑いされつづけて、かれこれ30年近くになります」とキメのフレーズが炸裂し、さらに笑いが広がり、忘れられない授業になりました。
「もしフランスへ行く機会があったら、あいさつと数字くらいは覚えていってください」と言われ、あまり将来性豊かでない学生たちの中でも、とりわけ、当時、昼間は新宿の百貨店でアルバイトし、学生ローンで利息のついた金で通っていた身にとっては、現実味のない空虚な響きがありましたが、30代後半になって利息のついていない金でパリを訪れた時には、谷が深かったゆえの万感が胸にこみ上げてくるものがあり、あいさつと数字はかろうじて覚えていて、ほんの少しだけ役に立ちました。
朝飯は食べたかどうかも記憶が定かでなく、晩飯に何を食べたかもあやしくなってきたにもかかわらず、30年ほど前のかび臭い教室でのひとつの授業を思い出すのも、明らかな老化現象であって、何事もなし得なかった愚か者が振り返ると、優秀なフランス語の教授の授業を受けるには、意欲も能力も低過ぎて、あまりにも気の毒で申し訳なかった思いもあり、貧乏学生ながら8mm映画を撮るにあたって、物心両面にわたって支えてくれた唯一の友人への感謝の思いもあり、ほろ苦くもあたたかく、いまさらのように、若いやつに青春はもったいない、とつぶやき、あの時はあれでしようがなかった、それでも楽しくやれていたのだから、ほんとうにありがとう、とさんまを焼く煙にでも乗せて、伝えたいものだと思います。