


光久寺の茶庭は、加賀藩御用造園師・駒造により、宝永年間(1704~1710)に作庭されたと伝わっています。
書院から眺めると、回廊の手前の池泉を中心とした植栽の庭と、回廊の向こう側の三尊石組と十三重塔が山の斜面に配された庭との対比が見事で、解説によると、彼岸にいたる仏道をあらわしているそうです。
回廊を渡ると茶室があり、蹲踞と灯籠があって、客人を出迎えていました。
規模の大きな庭ではありませんが、心静かに対峙して、煩悩にまみれた自分の身を見つめ直し、回廊の向こう側に思いをはせてみるにつけ、穏やかな心持ちになってきました。