


判官義経が、頼朝から謀反の疑いをかけられ、奥州に落ちのびる途中、加賀国安宅の関にさしかかる物語、山伏姿の一行が、関守の富樫との緊迫したやり取りが見どころで、勧進帳の読み上げ、問答、打擲、酒盛り、最後に弁慶が飛六方で花道を引き上げるまで、すべてが名場面と言っても過言ではないでしょう。
鎌倉からの厳命に背いてまでも、知り尽くした上で問いただす富樫がきわめて重要な役回りで、凡庸な官吏ではつまらない話に終わってしまうやり取りを、とてつもなく深い教養と知識で誘導し、高い見識で判断を下し、さながら剣の達人同士が対峙したかのような濃密な時を過ごし、結果として逃がしてやることで打ち震えるような感動と余韻が残り、さまざまな思いが去来して、心にしみ入ってきます。
現代では、マニュアル万能で、上司の許可なくして一言も発することができず、自分の責任において何事もなせず、他人の視線や苦情や言いがかりを恐れて、唯々諾々と仕事をこなすことに汲々としていますが、本来は何が正しくて何が間違っているのか自分の頭で考えて、適切に対処したなら、誰からも文句を言われる筋合いはないはずで、信念に基づいて行動すれば、その件については悔いが残らないはずです。
人により、時代により生き方は違っても、「勇・仁・智」は時代を超えて人々の心の底に流れつづけると思えます。