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丸亀城は、讃岐一国を治めていた生駒親正が、室町時代初期に管領・細川頼之の重臣・奈良元安が砦を築いていた標高66mの亀山に慶長2年(1597)より支城を造りはじめ、6年の歳月をかけ、慶長7年、ほぼ現在と同じ規模の城郭が完成したそうです。
寛永17年(1640)に生駒騒動で出羽国に転封になった生駒氏に代わり、寛永18年、肥後国より山崎家治が5万石で入封し、丸亀藩立藩、寛永20年より幕府から銀300貫を与えられ、参勤交代も免除され、城の改修に着手しました。
この時、内堀から天守に向け、4層に重ねられた日本一の高さ約60mを誇る石垣も修理されたようです。
丸亀駅のプラットホームからも見えた城は、アーケードのあるさびれた商店街を抜け、公園に出て視界が開けると、見事な石垣の積み重ねの上に、菓子でつくったかのような端正な天守が鎮座していました。
豪壮な門をくぐり、見返り坂を上り、石垣を間近でながめつつ、頂上にたどり着くと、やや小ぶりながら、白亜の気品ある天守がそびえ立っていました。