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国の特別名勝に指定されている庭園の中で、約16万平米と最大の広さを持ち、高松藩歴代藩主によって百年を超える年月をかけて造られた栗林公園は、地割や石組、植栽、景物から、細部に至るまで手が加えられ、圧倒的な存在感で迫ってきました。
ただ広いばかりでなく、紫雲山を背景に6つの池と13の築山を配し、築堤当時から残る1000本を越えるマツのほか、ソテツ、モミジ、ウメ、カシなどの植栽、茶室などの建築も趣があり、まさに一歩一景といわれる美しさに言葉を失いました。
栗林公園の起源は、16世紀後半、当地の豪族・佐藤氏が西南に庭を造ったとされ、寛永年間(1625頃)に当時の讃岐国領主・生駒高俊によって南湖一帯が造園されて現在の原型ができ、その後、寛永19年(1642)生駒氏の転封によって入封した初代高松藩主・松平頼重に引き継がれ、延享2年(1745)5代頼恭の時に、園内六十景命名によって完成したそうです。
明治維新に至るまでの228年間、松平家の下屋敷として使用され、庭園にも手入れが施されつづけていたそうで、素晴らしい着想を匠の技が実現し、さらには工夫や練磨を重ねて、いまなお成長、発展をしつづけている生命力あふれる庭園、悠久の時の流れと膨大な人の手作業とには、もはや人の領域を超えているのではないかと思えました。
半日ほど歩き回った程度で、乏しい知識や浅薄な知性では何も理解することはできず、貧しい語彙では何も表現することはできませんが、もう一度訪れてみたいとだけは強く願いながら、栗林公園去りがたしという思いを胸に、すっかり日の落ちた高松の街の灯かりに照らし出されました。