


日本庭園の歴史は、飛鳥・奈良時代にさかのぼり、江戸時代末までに造られた古庭園は1000あまりも残され、その全部を見た上で選ぶのも至難の業なら、ひとりで決めるのでなければ、議論百出して、紛糾どころか阿鼻叫喚の様相を呈して、まとまることはありえないでしょう。
明治43年発行の「高等小学読本」に「風致に美を以て世に聞こえたる」とある三名園も、そのあとに高松栗林公園が木石において優ると書いてあるほどで、基準を何に求めるか、という問題も、それ以上にひとそれぞれの美意識に違いがあって当然の上、江戸、京都の数ある名園は別格扱いされているようにも思えますので、とりあえず地方にあって、比較的規模も大きく、植栽、景物ともに誉れ高いいくつかの中から、一日で回り切れる三名園であればありがたみも薄れてしまうし、少し行きづらいよう散らばるように地域性も考慮し、三文字で語呂もいい無難な大名庭園に落ち着いたような気がしています。
選ばれた側は、堂々と「日本三名園」を名乗り、観光客誘致の絶対的切り札が使えるわけで、たとえ日本三名園に勝るとも劣らないと自他ともに認めていたとしても、実情を知らない人には負け惜しみとしか受け取られかねず、「誰が言い出したんだ、バカヤロー」と虚空に叫ぶほかなく、世の中の庭園愛好家百人に訊ねれば、おそらく数十通りくらいの「日本三名園」が選定されるでしょうが、今年になってふと庭園に興味を持ち、うろうろと見て回り始めた駆け出しの素人にとっては、水戸・金沢・岡山へ行き、わけもわからず隅から隅まで歩き回り、「日本三名園を制覇した!」となんだかとてもうれしく、実にわかりやすい満足感に包まれました。