


「見聞を広め、知識を深め、見識を高める」ことを常に心掛けているものの、能力の不足はいかんともしがたく、公正に見た事実や正確なデータに基づいて話ができるよう、より一層の努力が必要だと痛感しました。
シャワーを浴びて、テレビでニュースを見ようと電源を入れたら、NHKのBSで「幸福の黄色いハンカチ」が放映されていました。
昭和52年の封切りには足を運んでいないものの、上京して二番館でかかっていたり、テレビの放映で見たりしたことがあり、ストーリーはだいたい記憶に残っていました。
山田洋次監督の名作であり、高倉健の桁違いの存在感についてはいまさら何も語ることはありませんが、改めて感じたのは、この映画が撮影されていた昭和50年代前半には、網走や帯広の駅前もにぎやかで、ラスト近くで夕張の街に入ってからも、商店街が建ち並び、路地へ入って行っても大人も子供もたくさん歩いていて、当時の日本というのは活気に満ちあふれていたのだなぁ、という感慨がこみあげてきました。