20時過ぎに携帯電話が鳴ると、あまり人付き合いがないもので、なにごとか、と一瞬ひるむのだが、ただの仕事の依頼であったため、安心した。
相手は、私よりも年上で、社員を10名以上雇用していて、堅実に事業を拡大している立派な経営者なのだが、その口調が遠慮気味というか、明らかに下手に出ているのが、正直なところ、心にひっかかった。
私の場合、自営業といっても、かなり自由に仕事をさせてもらっている上に、過去には、バックレ、トラブル、クレームといった恥ずかしい所業の数々もあり、気に入らない依頼は断るし、海外に出かける時は連絡も途絶えるし、怒り心頭の時は好き勝手なことをほざきまくるし、何一ついいことはないにもかかわらず、注文が入る、というのがまったく信じられないところでもある。
私なら、私のような気難しいヘンクツにはゼッタイ仕事など出さない、と思うからこそ、引き受けた以上は喜んでもらいたいと必死で取り組んできたつもりではいるが、それでも赦しがたい悪行を考えると、破滅していてもおかしくなかったと、心底ヒヤヒヤもので、運がよかったとしか言いようがない。
バカばかりやってきたけれども、その時々では真剣で、蟷螂の斧は振り回したわりに、すべて理解してもらっていたことに、ただただ頭が下がるだけで、感謝してもし切れないし、通り一遍かもしれないにせよ、「ありがとうございます」のほかに言葉が浮かんでこないのだ。