アヒルなら、生まれてすぐそばにいたモノを親だと思い込み、ついていけばどうにかなるかもしれないが、人間の場合はそう単純ではない。
オオカミに育てられたら、オオカミになるとは思えないにしても、幼い頃、ともに過ごした人たちから受ける影響はとてつもなく大きい。
言語や習慣などを全身全霊をかけて吸収し、社会性を身につけ、自己統一性を確立していく幼少期に、かりそめの家族だったとして、その時間のすべてを否定されてしまったら、のちの人生に暗い影を投げかけるということは想像に難くない。
どこかで傷口を直視し、場合によっては荒療治も必要になってくるだろう。
普通の人生、普通の生き方、普通の幸せなどという、普通なんてものがこの世に存在するのかどうかは別にして、少なくとも自分が生きづらくない自分なりの普通を見出して、他人と対したり、社会と向き合ったり、いびつかもしれない自分の人生と真正面から取り組むほかはないのだ。