1980年、年齢詐称で働いていた金沢の居酒屋の友人の紹介で、六本木のホテルの地下にあった割烹でアルバイトをするため、夜行列車に乗り、紙袋3つをぶら下げて上野駅に降り立った。
そこの割烹では、社長をはじめ、店長、板前さんたちにとてつもなく世話になった上、いろいろと面倒を見てもらい、ひねくれ、ねじ曲がって、反社会的行為に逸脱してもおかしくなかった私のダメな性分の矯正をほどこしてもらったようなものだった。
定休日の日曜には、東京見物がてら、場外馬券売場で馬券を買っていた。
この年のダービーは、どろんこの皐月賞を勝ったハワイアンイメージ、玉砕の逃げのサクラシンゲキ、実力のあるモンテプリンスなどが出走していたが、2番人気のオペックホースが栄冠に輝いた。
その後、レースに出ては、負けつづけ、ダービー馬が32連敗するという新記録を達成したのだが、その時から何の進歩もなく、何の栄光もなく、馬齢のみ重ねつづけ、何も変わっていない駄馬の私などから見れば、頂点を極めた一瞬があるのは素晴らしいことで、歴史に名前を刻み込んだ偉業には賞賛を贈るほかすべはない。