松山千春の人気が燎原の火のように広まったのは、私が中学生の時だった。
ストレートな物言いと、甲高い声で歌う切ない詞との落差には、なんとも魅力があった。
世に出るきっかけとなったラジオ局のディレクターとの出会いと別れが、彼をいっそう大きく羽ばたかせた。
北の大地に生きる「一刻者」の父や友人たちとの交わりが、「男気」を育んだのだろう。
過剰なまでの郷土愛も、いまとなってはよくわかる気がする。