私が30を過ぎたフリーターだったころ、彼女は精神を病んで自宅療養中だった。
私は、普通免許を合宿に行って取得して間もないころで、無理して中古のマツダ・レビューを4年ローンで買い、うれしくなって、深夜の都心の道路や、首都高速道路をわけもなく走り回っていた。
何度かドライブに誘ったのだが、彼女は外出そのものをいやがっていた。
出掛けるのは、週に一度、近くの病院に行く時だけ。
やまのように薬をもらってきて、ろくに食事もせず、日がな一日、テレビを見て過ごしているのだった。
彼女は、以前、上野にあるクラブの売れっ子ホステスだったそうで、整った顔立ちには、ナンバー1だったころの面影が残っていた。
部屋の中には、客からもらった高級じゅうたんや、高価な服やブランド物の時計が、無雑作においてあった。
昼間は雨戸を閉め切って、夜になると換気のために雨戸と窓を開けた。
私は、昼間は信憑性に疑問のあるスポーツ新聞を駅の売店に配置し、夕方からスーパーで菓子や飲料を売場に陳列するアルバイトをしていたので、自由になる時間はあまりなかった。
彼女から私にアパートに電話があると、なるべく要望にこたえるようにしていたのだが、だんだん仕事に影響が及ぶようになっていた。
暑い夏の日だった。
どうしても病院に行きたいというので、私は車に乗せて連れて行った。
彼女を待っている間、車の中で高校野球放送を聴いていた。
敦賀気比高校と星稜高校がベスト4に進出し、準決勝を戦うという、北陸出身の者にとって、かなりうれしい興奮する一日だった。
幸か不幸か、第1試合と第2試合に分かれたので、北陸勢同士の決勝にでもなったら、福井と石川では、表を出歩く人が一人もいなくなるのではないか、と思われるほどだった。
残念ながら、敦賀気比高校は敗退した。
第2試合は彼女の部屋で見ていた。
星稜高校のエースは疲れていたようだったし、地力の差もあって、残念ながら敗れ去った。
私は自分のことのように悔しがった。
「帝京が勝って、よかったじゃん。なんで帝京を応援しないの?」
彼女は不思議そうに私を見て言った。
「自分の田舎の代表を応援するもんじゃないの、ふつう」
「へえ、そんなもんなのかねえ」
彼女は納得いかないふうだった。
窓に雨戸の しまる部屋は
いつもくすりの においがするわ
むかしの栄光 思い出すから
時計も服も しまっておくの
過去のつぐないを する必要ないけど
なぜかこころだけ みだれてしまう
繊細すぎたの わたし
飾りすぎたの わたし
いまのすがた だれにも
見せられないけど
彼女からの電話は、深夜でも早朝でも、頻繁にかかるようになった。
心臓がばくばくして、死にそうだ、と言うのだが、私にはただあいづちを打つくらいしか手はなかった。
隣室の住人から、脅迫的な苦情がきた。
電話の呼び出し音が鳴るたびに、寿命が縮む思いだった。
私にはどうすることもできず、途方に暮れるばかりだった。
私は、普通免許を合宿に行って取得して間もないころで、無理して中古のマツダ・レビューを4年ローンで買い、うれしくなって、深夜の都心の道路や、首都高速道路をわけもなく走り回っていた。
何度かドライブに誘ったのだが、彼女は外出そのものをいやがっていた。
出掛けるのは、週に一度、近くの病院に行く時だけ。
やまのように薬をもらってきて、ろくに食事もせず、日がな一日、テレビを見て過ごしているのだった。
彼女は、以前、上野にあるクラブの売れっ子ホステスだったそうで、整った顔立ちには、ナンバー1だったころの面影が残っていた。
部屋の中には、客からもらった高級じゅうたんや、高価な服やブランド物の時計が、無雑作においてあった。
昼間は雨戸を閉め切って、夜になると換気のために雨戸と窓を開けた。
私は、昼間は信憑性に疑問のあるスポーツ新聞を駅の売店に配置し、夕方からスーパーで菓子や飲料を売場に陳列するアルバイトをしていたので、自由になる時間はあまりなかった。
彼女から私にアパートに電話があると、なるべく要望にこたえるようにしていたのだが、だんだん仕事に影響が及ぶようになっていた。
暑い夏の日だった。
どうしても病院に行きたいというので、私は車に乗せて連れて行った。
彼女を待っている間、車の中で高校野球放送を聴いていた。
敦賀気比高校と星稜高校がベスト4に進出し、準決勝を戦うという、北陸出身の者にとって、かなりうれしい興奮する一日だった。
幸か不幸か、第1試合と第2試合に分かれたので、北陸勢同士の決勝にでもなったら、福井と石川では、表を出歩く人が一人もいなくなるのではないか、と思われるほどだった。
残念ながら、敦賀気比高校は敗退した。
第2試合は彼女の部屋で見ていた。
星稜高校のエースは疲れていたようだったし、地力の差もあって、残念ながら敗れ去った。
私は自分のことのように悔しがった。
「帝京が勝って、よかったじゃん。なんで帝京を応援しないの?」
彼女は不思議そうに私を見て言った。
「自分の田舎の代表を応援するもんじゃないの、ふつう」
「へえ、そんなもんなのかねえ」
彼女は納得いかないふうだった。
窓に雨戸の しまる部屋は
いつもくすりの においがするわ
むかしの栄光 思い出すから
時計も服も しまっておくの
過去のつぐないを する必要ないけど
なぜかこころだけ みだれてしまう
繊細すぎたの わたし
飾りすぎたの わたし
いまのすがた だれにも
見せられないけど
彼女からの電話は、深夜でも早朝でも、頻繁にかかるようになった。
心臓がばくばくして、死にそうだ、と言うのだが、私にはただあいづちを打つくらいしか手はなかった。
隣室の住人から、脅迫的な苦情がきた。
電話の呼び出し音が鳴るたびに、寿命が縮む思いだった。
私にはどうすることもできず、途方に暮れるばかりだった。