商売を継続させていくための格言はいろいろあるが、私は「金貸さず判押さず役つかず」という言葉を銘としている。
「金貸さず」というのは、文字通り他人に金を貸さないほうがよい、突っ込んで言えば、金を無心されたら上げてしまうか、物で援助するか、丁重にお断りするか、金のトラブルを未然に防ぐこと。
「判押さず」というのは、どんなに信頼している人であっても保証人などの欄にハンコをつくな、依頼されたら、金品で許しを乞うか、丁重にお断りするか、やはり後々のトラブルを回避すること。
「役つかず」というのは、経済団体などの役職につくと、つきあいが広がって時間や費用が取られ、本業がおろそかになることの戒め。
しかし、私は「役につく」ことは悪いことではないような気がしていた。
いろいろな商売の人と出会って、お互い高めあったり、メリットを共有できるのではないか、と。
そう考えて、ある経済団体の青年部に入会した。
イベントや勉強会などに参加して、ためになるし、面白いと感じていた。
私に力量があったわけではないが、出席状況が良好だったため、役員の一角に名を連ねた。
発案することが現実的に運営されるのは、私にとってささやかな喜びだった。
会員のほとんどは中小企業の二代目が多く、もちろん本県を代表する大きな会社の人が、会長や重要なポストを占めていた。
そういう人の中には、私のような、たった一人で仕事をしているやつが紛れ込んでいることを快く思わない人もいたようだ。
表に出てきた事柄としては、私の発言に机を叩いて反対の意思を示したり、私の質問に答えなかったり、当たり前かもしれないが、会った時に挨拶もなく、言葉も交わすことはなかった。
一度、私の車が「盗難車みたいだ」とつぶやいたときには、さすがに直接抗議した。
ナノテク・ハイテク企業、急成長しているとても立派な勝ち組企業の二代目、知識も人望もあり、見識の高い人で、誇りを持っておられたがために、私のようなうさんくさいやつが目障りだったのだろう。
ほかにも、イベントの後でコメントをする時には、「よかった、感動した」と言っていながら、一歩外へ出たとたん「あんなのあいつらの自己満足だけ、くだらない」という人が、大きな会社の人にだけはいい顔をしていたり、差別発言連発の売買専門不動産業の人や、他人の悪口を言わせたら日本一というガソリンスタンド経営の人がいたり、とどのつまりは、世間の普通に暮らしている人たちより、自分は値打ちのある人間だとか、自分は志が高いと勘違いしている分、始末にわるいのだ。
その手の人は100人中7,8人なのだが、能力があり、抗争を得意にしているだけに存在感があった。
私はもめごとを起こす前に退会しようと決めていた。
5年いたわけだが、いいこともたくさんあったし、いい人もたくさんいた。
いろいろなことを教えていただいたことを感謝している。
お世話になった方々に、もしお会いしたら礼を述べたい。
「役」についている間、仕事の方に手が回らなくなっていた。
もちろん一番の原因は私の能力不足であることは間違いない。
私が青年部に加入すること自体、「大いなる場違い」だったのだ。
やってみてわかることもある。
やめたあとは、旅行に行ったり、映画を見たり、本を読んだり、友人と酒を飲んだり、自分の望むことができるという意味で、心の安寧を取り戻した。
金銭的時間的に余裕も出来た。
ある時、仕事をしていたら、青年部で顔見知りの一級建築士と出くわした。
「あれー、まだ福井にいたのー。夜逃げしたって聞いたけど」
「すみませんねー、まだいたんですよ」