昨日はちょっとばかり「人間」について考えた。
そのきっかけは、飯山一郎さんのブログ記事『天皇陛下万歳!』だった。
そこに、
==========
「賢聖恤民(けんせい じゅつみん)」。
「恤(じゅつ)」とは「心配する」の意で、中国の史書に散見される言葉だ。
賢くも聖なる帝(みかど)が先ず心配すべきことは国民の生活!という意味だ。
「国民の生活が第一!」 という政策を、政治(まつりごと)の基本に据える!
この考え方が熱狂的に支持され、小沢一郎の民主党は政権を獲得した。
ところが今の民主党は、国民の生活どころか、国民皆殺し! の政治。
この殺人政権(と、これを指揮する高級官僚)には 天誅! を下すべきだ。
いま、「賢聖恤民」を、真心をこめて、命を懸けて、真剣に実践されている御方は、日本国では、たったお一人、天皇陛下だけであらせられる。
今上天皇陛下の「賢聖恤民」の思想は、さらに徹底しておられる。
民(たみ)を「恤(心配)」するどころか、「天皇は、常に、国民とともにあゆむ…」、
さらに「天皇は国民とともに死ぬ!」という御覚悟まで示されておられる。
高線量地域を平服のまま、平然と何度も何回も訪問され、避難民と同じ床に座られて、ひとりひとりに心優しいお労り(いたわり)の御言葉をかけられて、長時間お話になられる…
これは、「決死の皇道」、あるいは「必死の皇道」とも言うべき、壮絶にして悲壮な御覚悟がなければ出来ないことだ。
おいたわしや などて すめろぎは
おかくれにならむと おほもいたまいしか
天皇陛下の「民を思い、倹を守る」という“恤民哲学”は、実生活の面でも徹底して実践しておられる。
たとえば、政府と東電の一方的な「節電政策」で国民が苦しんでいるとき、御所も、両陛下のご意向で、電源ブレーカが落とされた。
「夜ともなれば、御所内は真っ暗になるわけですが、両陛下は懐中電灯をお使いになっていました。
さらに、両陛下はご自分たちのお食事を“一汁一菜”とするように大膳課に指示を出され、それを実行に移されたのです」(皇室関係者)
この「民を思い、倹を守る」お姿。
天皇陛下ともあろう御方が、御所の暗闇を懐中電灯で照らされる お姿。
なんと! 天皇様が“一汁一菜” のお食事を召し上がっておられる お姿。
頭(こうべ)を垂れ、土下座して感謝の気持ちをあらわしたくならないか?!
同じ頃…、
時の総理大臣・菅直人は夫人を引き連れ、赤坂・六本木の最高級料亭に繰り出し、超ご機嫌で最高級の料理に舌鼓(したづつみ)を打っていた…。
頭(こうべ)を上げ、ワラ人形に五寸クギを、ブチ込みたくならないか?!
=============
とある。
同感した。
天皇制が日本の民主主義を歪めているという人もいるが、民主主義国家を標榜するアメリカが、いかに悪の帝国であったか。
経済危機にあるフランスでは、民主的に民衆が選んだ「大統領のニコラ・サルコジは自身の大統領府の支出を削減すると約束してきたが、実際は毎日食費に1万ポンドを使い、121台の車をエリゼ宮に保有したまま」と報じられている。
これを報じている「ROCKWAY EXPRESS」には、さらに、
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先週、サルコジはプライベート・ジェット機で息子の一人のピエールのために医療チームをウクライナまで送り、その息子をそのジェット機でパリまで帰還させ、そのために大枚2万2000ポンドを支出した。
彼の車の車列は前の大統領のジャック・シラクのそれの2倍であり、保険に10万ポンド、燃料代に27万5000ポンドの費用がかかっている。
更にこれに彼のどでかい旅行費用がある。彼はエアバスA330を使用する。エアーサルコ・ワンと言われている奴だ。こいつが2億1500万ポンドする。彼は旅行に300人を引き連れ、以前の大統領たちと比べてずっと頻繁に旅行をする、とドシエールはクレームをつける。
最近の旅行はパリからサン・ケンタンへの80マイルの旅行があるが、これが35万ポンドの支出で、ラスコー洞窟への夫人同伴での旅行で10万9000ポンド、エンへの2時間30分の旅行では、ドシエールの計算では1分あたり700ポンドかかっている。
更には、その土地の人々と会ったり彼らの文化を理解するために時間を使うということがあったためしがないのだ。「ミッテランとシラクは、景観を堪能し人々に会い、その国の歴史に興味を持って知りたがるなどして、時間をどう使うかということを知っていたが、サルコジはいそがしくするだけの男だとドシエールは不満をぶちまける。
==============
と、市民が熱狂的に選んだサルコジ大統領の公私混同ぶりが報じられている。
どんなに「民主的」な制度を作っても、そこに住む市民が愚かであれば、それを利用して権力を手にしようとする悪人は後を断たない。
そして、『晴耕雨読』ブログにあった「連合赤軍化する日本」と題する 鈴木邦男氏の文を読んだ。
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数年前、ロフトプラスワンで対談した時、植垣さんは言っていた。「この事件をどう理解していいか、皆、分からない。警察もマスコミも、裁判所もそうだ。だから、あの事件を、自分のわかるレベルに落として、理解したつもりになっている」と。
永田の「女性特有」の異常な性格のせいだ。森恒夫の「恐怖政治」で、他の人間はすくみあがったのだ。一種の集団ヒステリー状態だった…と。これは、連合赤軍事件を語るようで、実は〈自分〉を語っているのだ。あの事件は「踏み絵」でもある。
朝日の原稿を書くために、主要な本は、読み直した。今も読み直している。そして、今でも新たな発見がある。あの事件で死んだ大槻節子さんは、連合赤軍に参加し、山に登る前の日記を残している。それが本になっている。『連合赤軍女性兵士の日記 優しさをください』(彩流社)だ。立松和平が、〈「革命」を信じていた時代の若者たち!〉と本の帯に書き、「序にかえて」でこう書いている。
〈遠くまでいったのはまさしく連合赤軍に参加した人々であった。そのうちの一人が大槻節子だった。時代の列車から最後まで降りなかったからこそ、時代の極北まで駆け抜けたといえるのだ〉
そうか、列車から降りなかったのか。こんな列車には乗っていられないと、降りた人は沢山いたのに。それに、はっきりとした行く先も分からない。それでも「革命」を信じて乗っていったのだ。あまりにも真面目で、あまりにも考えすぎたからだろうか。
今、読み直して驚いたが、1970年11月の三島事件にふれて大槻さんは、こう書いていた。
〈三島の切腹、憂国の行動、まさしく彼らしき彼そのものの行動と死。うすっぺらな繁栄の、うすっぺらな安定の、地の影をまざまざと身によみがえらせる、暗うつなニュースだった。
美、美そのものの展開、そしてあまりに形而上学的な、観念的な感覚的な行為と死〉
〈彼は狂気ではなかったし、たんに狂信でもなかった。何ものかが彼をして意識的にそう高め(?)させた。と考えることは、私自身の内の“三島”なのだろうか。何かそう決めつけたくない〉
こんなことを感じていたのか。自分の中の“三島”だと言っている。とすれば、左翼だと思い、我々の「敵」だと思っていた人々の中にも、同じように衝撃を受け、内なる“三島”を感じた人は多いのだろう。
(略)
これは決して、終わった事件ではない。結果は陰惨なものに終わり、失敗したが、革命への愛や夢や理想はあった。少なくとも途中までは…。それが、どこから変わったのか。それは考える必要がある。又、革命運動の「プラス面」は全て忘れられ、「マイナス面」だけは受け継がれている。つまり、自分のことだけ声高に叫び、小さな違いも許さず、他人のあげ足をとるのだけがうまくなり、排外主義的で…。テレビの討論会だけでなく現代日本がそうだ。まさに、「連合赤軍化する日本」ではないか。連合赤軍事件は決して終わったのではない、今も続いているのだ。
============
これらの文を読み、そして、人間はどこまで悲しい生き物なのだろうと思い、「人間」について考えてしまったのだった。
人は、それぞれその立場で、愛と真心を持って、真摯に生きてゆければ、それでいい。
そこには「右」も「左」もない豊かな世界がある。
争う事がいかに無益で、いかにむなしく、悲しいことか、それだけ分かればいいのだろう。それが本当に分かるようになるまで、生かされているのが「人間」かもしれない。
私自身は、ちょっと左巻きで、いわゆる右翼的な言動が嫌いな人種だ。
なにが「愛国」だ。何が「日の丸」だ、と思っている。
だから、飯山さんのように「天皇陛下万歳」などと思ったこともなく、また軽々しくその言葉を口にする右翼は大嫌いだ。
そうした言葉を口にする人間は、これっぽっちも「天皇」のことなど考えていやしまい、それより何より「人間」のことなど考えてもいない。そこにあるのは権力欲にまみれた「自我」と「私欲」だけと思っている。
天皇制についても、無い方が民主的だという思いがあったが、不完全な人間社会で、どんなに理想的な体制を考えたとしても、やはりそれは「不完全」なものに違いない。
むしろ、「民主」という言葉の詐術に陥り、「民主的」であれば何でも許してしまう人間の弱さの方が、「人間」として生きてゆくのにマイナスになっているのかもしれない。
だから、天皇制を廃止し、選挙で元首を選ぶ「大統領制」の方が「民主的」で良いとは思わない。
もし、今の日本で、国家元首を選挙で選ぶ大統領制であったら、半熟社会のこの国は、もっと惨めな、占領国の思い通りの傀儡政権になっていただろう。
そのきっかけは、飯山一郎さんのブログ記事『天皇陛下万歳!』だった。
そこに、
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「賢聖恤民(けんせい じゅつみん)」。
「恤(じゅつ)」とは「心配する」の意で、中国の史書に散見される言葉だ。
賢くも聖なる帝(みかど)が先ず心配すべきことは国民の生活!という意味だ。
「国民の生活が第一!」 という政策を、政治(まつりごと)の基本に据える!
この考え方が熱狂的に支持され、小沢一郎の民主党は政権を獲得した。
ところが今の民主党は、国民の生活どころか、国民皆殺し! の政治。
この殺人政権(と、これを指揮する高級官僚)には 天誅! を下すべきだ。
いま、「賢聖恤民」を、真心をこめて、命を懸けて、真剣に実践されている御方は、日本国では、たったお一人、天皇陛下だけであらせられる。
今上天皇陛下の「賢聖恤民」の思想は、さらに徹底しておられる。
民(たみ)を「恤(心配)」するどころか、「天皇は、常に、国民とともにあゆむ…」、
さらに「天皇は国民とともに死ぬ!」という御覚悟まで示されておられる。
高線量地域を平服のまま、平然と何度も何回も訪問され、避難民と同じ床に座られて、ひとりひとりに心優しいお労り(いたわり)の御言葉をかけられて、長時間お話になられる…
これは、「決死の皇道」、あるいは「必死の皇道」とも言うべき、壮絶にして悲壮な御覚悟がなければ出来ないことだ。
おいたわしや などて すめろぎは
おかくれにならむと おほもいたまいしか
天皇陛下の「民を思い、倹を守る」という“恤民哲学”は、実生活の面でも徹底して実践しておられる。
たとえば、政府と東電の一方的な「節電政策」で国民が苦しんでいるとき、御所も、両陛下のご意向で、電源ブレーカが落とされた。
「夜ともなれば、御所内は真っ暗になるわけですが、両陛下は懐中電灯をお使いになっていました。
さらに、両陛下はご自分たちのお食事を“一汁一菜”とするように大膳課に指示を出され、それを実行に移されたのです」(皇室関係者)
この「民を思い、倹を守る」お姿。
天皇陛下ともあろう御方が、御所の暗闇を懐中電灯で照らされる お姿。
なんと! 天皇様が“一汁一菜” のお食事を召し上がっておられる お姿。
頭(こうべ)を垂れ、土下座して感謝の気持ちをあらわしたくならないか?!
同じ頃…、
時の総理大臣・菅直人は夫人を引き連れ、赤坂・六本木の最高級料亭に繰り出し、超ご機嫌で最高級の料理に舌鼓(したづつみ)を打っていた…。
頭(こうべ)を上げ、ワラ人形に五寸クギを、ブチ込みたくならないか?!
=============
とある。
同感した。
天皇制が日本の民主主義を歪めているという人もいるが、民主主義国家を標榜するアメリカが、いかに悪の帝国であったか。
経済危機にあるフランスでは、民主的に民衆が選んだ「大統領のニコラ・サルコジは自身の大統領府の支出を削減すると約束してきたが、実際は毎日食費に1万ポンドを使い、121台の車をエリゼ宮に保有したまま」と報じられている。
これを報じている「ROCKWAY EXPRESS」には、さらに、
==============
先週、サルコジはプライベート・ジェット機で息子の一人のピエールのために医療チームをウクライナまで送り、その息子をそのジェット機でパリまで帰還させ、そのために大枚2万2000ポンドを支出した。
彼の車の車列は前の大統領のジャック・シラクのそれの2倍であり、保険に10万ポンド、燃料代に27万5000ポンドの費用がかかっている。
更にこれに彼のどでかい旅行費用がある。彼はエアバスA330を使用する。エアーサルコ・ワンと言われている奴だ。こいつが2億1500万ポンドする。彼は旅行に300人を引き連れ、以前の大統領たちと比べてずっと頻繁に旅行をする、とドシエールはクレームをつける。
最近の旅行はパリからサン・ケンタンへの80マイルの旅行があるが、これが35万ポンドの支出で、ラスコー洞窟への夫人同伴での旅行で10万9000ポンド、エンへの2時間30分の旅行では、ドシエールの計算では1分あたり700ポンドかかっている。
更には、その土地の人々と会ったり彼らの文化を理解するために時間を使うということがあったためしがないのだ。「ミッテランとシラクは、景観を堪能し人々に会い、その国の歴史に興味を持って知りたがるなどして、時間をどう使うかということを知っていたが、サルコジはいそがしくするだけの男だとドシエールは不満をぶちまける。
==============
と、市民が熱狂的に選んだサルコジ大統領の公私混同ぶりが報じられている。
どんなに「民主的」な制度を作っても、そこに住む市民が愚かであれば、それを利用して権力を手にしようとする悪人は後を断たない。
そして、『晴耕雨読』ブログにあった「連合赤軍化する日本」と題する 鈴木邦男氏の文を読んだ。
============
数年前、ロフトプラスワンで対談した時、植垣さんは言っていた。「この事件をどう理解していいか、皆、分からない。警察もマスコミも、裁判所もそうだ。だから、あの事件を、自分のわかるレベルに落として、理解したつもりになっている」と。
永田の「女性特有」の異常な性格のせいだ。森恒夫の「恐怖政治」で、他の人間はすくみあがったのだ。一種の集団ヒステリー状態だった…と。これは、連合赤軍事件を語るようで、実は〈自分〉を語っているのだ。あの事件は「踏み絵」でもある。
朝日の原稿を書くために、主要な本は、読み直した。今も読み直している。そして、今でも新たな発見がある。あの事件で死んだ大槻節子さんは、連合赤軍に参加し、山に登る前の日記を残している。それが本になっている。『連合赤軍女性兵士の日記 優しさをください』(彩流社)だ。立松和平が、〈「革命」を信じていた時代の若者たち!〉と本の帯に書き、「序にかえて」でこう書いている。
〈遠くまでいったのはまさしく連合赤軍に参加した人々であった。そのうちの一人が大槻節子だった。時代の列車から最後まで降りなかったからこそ、時代の極北まで駆け抜けたといえるのだ〉
そうか、列車から降りなかったのか。こんな列車には乗っていられないと、降りた人は沢山いたのに。それに、はっきりとした行く先も分からない。それでも「革命」を信じて乗っていったのだ。あまりにも真面目で、あまりにも考えすぎたからだろうか。
今、読み直して驚いたが、1970年11月の三島事件にふれて大槻さんは、こう書いていた。
〈三島の切腹、憂国の行動、まさしく彼らしき彼そのものの行動と死。うすっぺらな繁栄の、うすっぺらな安定の、地の影をまざまざと身によみがえらせる、暗うつなニュースだった。
美、美そのものの展開、そしてあまりに形而上学的な、観念的な感覚的な行為と死〉
〈彼は狂気ではなかったし、たんに狂信でもなかった。何ものかが彼をして意識的にそう高め(?)させた。と考えることは、私自身の内の“三島”なのだろうか。何かそう決めつけたくない〉
こんなことを感じていたのか。自分の中の“三島”だと言っている。とすれば、左翼だと思い、我々の「敵」だと思っていた人々の中にも、同じように衝撃を受け、内なる“三島”を感じた人は多いのだろう。
(略)
これは決して、終わった事件ではない。結果は陰惨なものに終わり、失敗したが、革命への愛や夢や理想はあった。少なくとも途中までは…。それが、どこから変わったのか。それは考える必要がある。又、革命運動の「プラス面」は全て忘れられ、「マイナス面」だけは受け継がれている。つまり、自分のことだけ声高に叫び、小さな違いも許さず、他人のあげ足をとるのだけがうまくなり、排外主義的で…。テレビの討論会だけでなく現代日本がそうだ。まさに、「連合赤軍化する日本」ではないか。連合赤軍事件は決して終わったのではない、今も続いているのだ。
============
これらの文を読み、そして、人間はどこまで悲しい生き物なのだろうと思い、「人間」について考えてしまったのだった。
人は、それぞれその立場で、愛と真心を持って、真摯に生きてゆければ、それでいい。
そこには「右」も「左」もない豊かな世界がある。
争う事がいかに無益で、いかにむなしく、悲しいことか、それだけ分かればいいのだろう。それが本当に分かるようになるまで、生かされているのが「人間」かもしれない。
私自身は、ちょっと左巻きで、いわゆる右翼的な言動が嫌いな人種だ。
なにが「愛国」だ。何が「日の丸」だ、と思っている。
だから、飯山さんのように「天皇陛下万歳」などと思ったこともなく、また軽々しくその言葉を口にする右翼は大嫌いだ。
そうした言葉を口にする人間は、これっぽっちも「天皇」のことなど考えていやしまい、それより何より「人間」のことなど考えてもいない。そこにあるのは権力欲にまみれた「自我」と「私欲」だけと思っている。
天皇制についても、無い方が民主的だという思いがあったが、不完全な人間社会で、どんなに理想的な体制を考えたとしても、やはりそれは「不完全」なものに違いない。
むしろ、「民主」という言葉の詐術に陥り、「民主的」であれば何でも許してしまう人間の弱さの方が、「人間」として生きてゆくのにマイナスになっているのかもしれない。
だから、天皇制を廃止し、選挙で元首を選ぶ「大統領制」の方が「民主的」で良いとは思わない。
もし、今の日本で、国家元首を選挙で選ぶ大統領制であったら、半熟社会のこの国は、もっと惨めな、占領国の思い通りの傀儡政権になっていただろう。