先月末からまだ、寝込み続けている
そんな中、母親が
急ぎの用がある、と言ってきた
その電話をもらった時は少し調子がよかったので
「明日、ウチに来てくれるなら」と告げ
ついでに買い物も頼んだ
当日朝、
またうすら頭痛で頭を起こせなかったので
ソファで横になって話しをした
「なんで治そうと思わないの?」
最近は考えもしなかった。
けど、即答で
「別に治したいと思わないから」
すかさず母は
「よくなりたい、って思わないの?」
ほぼ反射で
「思わない」
そう口を突いて出た言葉に
あとから自意識が付いてきて
(なんでだろ?)
何で
頭痛を抑えよう、とか
起きられるようにしよう、とか
思わなくなったんだろ?
余りに病歴が長くなって意識には上らなくなっていた
ひと言で言うなら
(面倒くさくなった)!!だった
でも、いま、それって
「変わりたくない」ってことも入ってるのかなー
と、浮かぶ
いや、書きながら深いところを思い出した
「‘自分で’変えようとすることに疲れた」
流されて流されて、でいい
それで
望むところに辿り着けなくてもいい
以前も誰かに言われた。
「『生』が感じられない」と
母もそれを心配していた
でも、死のうとは思ってない。
それでも、親からすれば
ずっと何度も寝込んでいるのに病院に行かない、
っていうのは
「生命を放棄している」ように感じるのだろう
「わたしだって本当に苦しくなったら救急車呼ぶから」
としか、言いようがなかった
母の望む答えではないと知りながら、も。
妹も、長く勤めた公務員生活に終止符を打つことになった
癌の影響、である。
母からしたら、
娘2人ともさほどの歳でもないのに乳がんになり
(40歳、45歳…)
そろって、仕事が出来なくなり
退職を余儀なくされるのはつらいのだろう。
息子が定職に就いていない、から。(笑?)
話が逸れた。
なんかまだアタマがボンヤリして書いてるので
自分でも、
何が言いたかったのかわからなくなった
(それなのに長文読ませてすみません!)
なんだ?なんだろー
「‘自ら’何かやろうとする意欲が湧かない」
「流されるまま、目的の場所に辿り着けなくてもいい」
こんな感じかな。
グタグタです。(笑)
でも、居心地は悪くない。
なぜか、けっこう楽しんでる。
それが母にも伝わってるとよいのだが。
