沖縄での出来事を思い返して
気づいたことがある。
(まずは沖縄での出来事読んでね〜!)
あの状況で
(なぜこんな時にまたこんなことに…)
(たまの旅行さえ楽しめないなんて…)
(帰れなかったら1人ぼっち?)
(しかもいつ治るかわかんないじゃん)
(なんでーなんでー私ばっかり〜ヒドイ!)
…そうは思わなかったのである。
アタマが割れるように痛かったが
(あれー、帰れなかったら1人ホテル暮らし?)
(半年経ったら治るのかなー)
(ひょっとして そのまま那覇市民?名護市民?)
なーんて浮かんでいたのである。
成長した!
…と
言いたいところだがちょっと違う。
テクニックとして
「発想の転換」をしたり
「ポジティブに変換」したわけでもなかった
じゃ、なぜ、嘆かなかったのか?
いまわかった。
『リアリティに欠けていた』のである。
その目の前の現実が
“自分に起きている”のに
どこか
“他人事”なのである
いや、他人ならもっと心配してたであろう。
どこか、非現実的というか
遠くで見ているような感じなのである
(遠くで見ているのが自分ってことか?)
ま、理由はなんでもいい。(笑)
とにかく“苦しみが少ない”のである
あっても“深さがない”のである
(続かないというか…)
ノーテンキ(一言で言うと、バカ)
と言ってもいい。
そうなりたかったから、嬉しい。
その方がラクに生きられるからである。
これがいつまで続くのかわからないが
とりあえず今回の件は助かった
これも“見えない世界”のおかげである。
ひいては
がんになり、
治療が打ち切られ、
精神世界に招かれた
…そのおかげである。
ふと立ち止まり感謝したくなった
珍しく。
(笑)
