卑弥呼の時代 | 先祖を尋ねて

先祖を尋ねて

姓氏のご紹介はほぼ終わったので、日常雑事、架空の物語、政治経済など気儘に書き込む。
参考資料、文献などは要所に集約して示す。

卑弥呼の時代
歴史-01

同時代の中国、西洋


 昨日は2月11日、建国記念日だった。
誰も見て来た人はいないが、その痕跡は中国大陸に残っている。

先祖を尋ねて-卑弥呼1先祖を尋ねて-卑弥呼2
図1.卑弥呼
〖倭国は乱れて互いに争い、年月が過ぎた。そこで1人の女性を
王とした。名を卑弥呼という。〗
と「魏書」東夷伝倭人条にあるという。

と言うことはもっと古い時代も当然あった。それも「漢書」に残る。

1:建武中元二年(57年) - 倭奴国が金印を授与される。『後漢書』
2:永初元年(107年) - 倭国王の帥升が安帝に拝謁を願う。『後漢書』
3:倭国、男性を王とした七、八十年
4:桓帝と霊帝の間(146年 - 189年) - 倭国大乱。『後漢書』
5:光和年間(178年 - 184年) - 卑弥呼が倭を治め始める。『梁書』
6:景初三年(239年) - 卑弥呼、難升米らを中国の魏に派遣。
 魏から親魏倭王の仮の金印と銅鏡100枚を与えられる

  (『三国志』では同二年(238年))。

先祖を尋ねて-海部氏系図
図2.海部氏系図
天の橋立が、参道のように海中に延びた北の端に、籠(この)神社と
いう古い神社がある。その神社の宮司家の海部(あまべ)家に国宝の
古い系図が伝わる。その六代目に「ひみこらしき」名ガある。
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名前(他の文献の卑弥呼らしき女性名は6つある)
①宇那比姫命(うなびひめのみこと)、
②天造日女命(あまつくるひめみこと)、③大倭姫(おおやまとひめ)、
④竹野姫(たかのひめ)、
⑤大海靈姫命(おおあまのひるめひめのみこと)、
⑥日女命(ひめみこと)である。
 何れも一人の女性の別名である。

この時代の中国:
三国志で有名な、魏ギ、蜀ショク、呉ゴの国が争う中、魏国が強かった。
英雄・曹操ソウソウ、劉備リュウビ、関羽カンウ等は世を去り、皆さんの
好きな諸葛孔明も戦没していた。
居たのは魏国の将軍司馬仲達らだった。

この時代の西洋:
言わずと知れたローマ帝国時代。しかし、元老院制度にも関わらず、
軍人が対立し238年には1年間に6人の軍人皇帝が暗殺を繰り返した。
最後の皇帝ゴルディアヌス3世も13歳で着任しし、人気があったが、
また暗殺により19歳で死亡した。混乱の後395年に東西ローマ帝国に
分かれたのである。

この時代の中東:
少し前にパルティア王国がローマ帝国と対立しており、226年には
ササン朝ペルシャが成立している。当然ながらローマ帝国に対立した。
イスラム帝国はもう少し先に成立するが萌芽はあった。

どの国も穏やかな時間は少なかった。