ついにこの日が来ました。
いよいよ帝王切開で、太一の弟たちが生まれる日です。結果的に、太一兄ちゃんと1日違い、生きていたら65歳になっていた秀和じいちゃんと同じ日、になった。
朝の検査で今日の帝王切開が決まり、保育園に預けに行っていたが、預けた後引き返して家に。そこから準備して、昭和大学病院へ向かった。
到着してからは、母ちゃんと会って談笑。正直、帝王切開だと父はすることはない。無事を祈るしかない。
今日を迎えるまで、1ヶ月近く前から、この日が来るかもしれないという日が毎日続いていたことを考えると、いよいよという思いもあり、緊張もあり。
子ども、特に三男のことが気がかりで一番の関心事としてこの1ヶ月過ごしてきたけど、母ちゃんの手術のことも心配だし、次男も麻酔の影響のことも心配だし、無論、三男も心配だし。と、手術は比較的時間も短く、リスクもかなり少ないんだろうということはわかりつつも、不安で仕方なかった。
11時頃に手術棟へ見送り。その後は部屋に戻り、部屋移動して待機。どれくらいかかるんだろうと思いながら、仕事も手につかないし、本を読むでもない、なんとなくスマホ触って待っていた。
ようやく、助産師さんが戻ってきた。無事に生まれたこと、次男の写真を撮ってくれたこと、その写真を見せてくれ、生まれた瞬間は産声をあげたこと、そのあとはすぐに挿管されたこと。などなど教えてくれた。三男は、ほんの一瞬自分で泣いたとのこと、ただそのあとはやはりすぐに処置されたようだということはわかった。
まあでもとにかく、二人とも元気に生まれたということを聞けて本当によかった。まずは、それだけで十分。これからのことはこれからしかできないから。
母ちゃんも程なくしてストレッチャーで戻ってきた。意識が戻ってすぐにいろいろ聞かされて、痛みとかもありながらも、状況理解して一生懸命話してくれた姿を見て、泣きそうになった。
母として、いろいろな気苦労があったと思う。子どもを無事に生むことができなかったらとか、そもそもいろんな事態を自責に捉えてしまっていることもあっただろう。まずは、元気に子ども二人を出産できてホッとしたと思う。父としても夫としても感謝しかない。ありがとう。心身辛かったと思うけど、よく頑張ったね。
夕方NICUに呼ばれるまでの時間は長かった。早く対面したかったし、状況が聞きたかった。ようやく17:30頃に話ができた。三男はまだまだこれから踏ん張りどころがたくさんあるだろう。次男も双子として三男に影響を与えたり与えられたりするだろう。
とにかく、二人とも元気に、健康に、笑顔いっぱいの子どもに、人間になってほしい。太一兄ちゃんのように純粋で笑顔いっぱい元気いっぱいの三兄弟になってほしい。
そのためにできることは父としてやっていこう。皆が自立できる日まではあとどれくらいだろう。親の力が、存在がなくても生きていけるようになるのはいつだろう。その時までは、どんなことがあっても負けないで、死なないで、しっかりとした父として存在しよう。
苦しい大変な状況の中生まれてきてくれた二人とともに、母ちゃん、太一とともに、これからずっとよい家族にできるようにしよう。
2018/5/22 11:34 次男 元人 誕生
2018/5/22 11:35 三男 文人 誕生