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kame-ing(どうしてそんなに・・・)

60歳過ぎて歩みをステップダウン あっという間の人生だったがゆえに残りの人生はのろくあせらず「この道寄り道回り道」です。

連日の猛暑でバテバテでしたぁ・大汗!
今回はさすが「瓦礫撤去隊」はみんなに迷惑になるので「年寄り」?は素直に辞退しました・・・(ほんとうは定員オーバーでした)
でもって「放射線量測定班」に志願しました。
30km圏外の小学校の校庭・プール・通学路の測定で雨水が溜まる箇所や草むらなどスポットで50箇所くらいを炎天下で測定です。
地上1cmの測定値は平均7マイクロシーベルト/hくらいで最高値は21ミリシーベルト/hでした。さっそく校長室に入り除染処理の承諾をとる・・・といった作業です。
その他は仮設住宅用の家具の組み立て・写真の洗浄などです

4ヶ月を過ぎそろそろ「ボランティア」から被災して失業した「住民への雇用」に切り替えるべきなのか長期戦で不安定な南相馬市も見切り発車で復興へと・・・・来週には「相馬馬追い祭り」で遠くへ避難してる住民のかたたちもこれを機会にもどってこれればと複雑な想いのまま帰って来ました。
やっと来週15日まで休みが取れそうだ!ん?「そうだ南相馬に行こう!」4月5月・・6月はスルーだったし暑くなってきたから「製氷機」を持っていこう!何かに役立ててもらえればいいなぁ~!!!

帰りに会津美里町へ・・・友人の空き家が3年も放置状態なので掃除して画像を撮ってそれから支援住宅として大家族がバラバラになってる避難者のかたに使ってもらおう!なんと6LDK一戸建て100坪・・・

あ!そうそう「災害支援車両」の手続きがちょっと厳しくなってますね?福島県の場合はボランティア受け入れ先の承諾書が事前にいるようです。でも老人ボランティアの私にはやさしい職員でした・笑

ふるさと筑豊・田川市の「山本作兵衛さん」の絵図が国際的に評価されてとても感激です!
懐かしい故郷にまた帰ってみたくなりました。

60年前私が生まれ育った炭鉱の社宅は今でも残っています。

6月には田川で撮影します。時間があれば炭鉱記念館や美術館にも立ち寄って いつも酔っ払ってたオヤジの炭鉱夫としての記憶をたどってみたくなりました。