90年頃の話で恐縮だが、発売当時たくさん売れた故に希少価値がない中古レコードは棚ではなく無造作に床に並べられたダンボールに入っていることが多かった。マイケル・ジャクソンのスリラー、松山千春、ユーミン 等々。100円の値札はまだいい方で中には「ご自由にどうぞ」もあった。売れ残り処分なんだろうが、0円で「引き取ってあげた」のもあるのだろう。

 

渋谷の某中古レコード店。

おじさんがやって来て「よいしょっ」と、LPレコードがぎっしり入った手提げ袋2つをレジ台に置いた。

 

店員: 中身をざっと見て「申し訳ないんですがちょっと...」

おじさん: 笑いながら「いいよいいよ、そんなに期待してないから」

店員: 「いやそうじゃなくて、ウチではちょっと...」

おじさん: やや間をおいて「ん~、じゃあタダでいいよ」

店員: 「いや~タダでも... すいませんけど」

 

顔なじみの私は後でどんなレコードだったのか訊いてみた。店員曰く「ムード歌謡と演歌ばっかりで ...」

納得がいかない顔で重いレコードを持ち帰ったおじさんには同情するが、ここは洋楽ロック中心の店。仕方がないw

 

 

 

中古需要があって尚且つ、盤・ジャケットがきれいで帯付、さらに元々のステッカーやポスター付となると売買価格はぐっと上がる。

 

ウチには70年代ロック中心にLPレコードが1200枚ほどあるが、いい値段で買い取ってもらえそうなものはあまりない。そもそも若い頃は扱いが雑だった。

 

内袋から取り出す際に静電気で吸い寄せられたゴミはスプレーとクリーナーで拭き取っていたし、特に大切なレコードはレコパックしたり静電気防止ファイルに入れていたがそういうのは一部だけ。

↑ 当時のカタログ   JEWELTONE(ナガオカ) 

 

レコードを買った時の状態で大切にしている友達には違和感があった。

そういう人は毎日風呂に入っているのか髪も服も清潔で部屋はいつも片付いており、レコードもすっきりと棚に収まっている。

 

狭く雑然とした汚い部屋に似合わぬコンポーネント・ステレオ、床にはレコードや雑誌が乱雑にほったらかし。それがカッコいいと思っていた若い頃。

だから帯なんぞ買ったその日にゴミ箱へ。

 

貸したレコードのライナーには、好きな曲に〇、嫌いな曲に✖と書き込まれて返ってきた。好きな曲だけカセットテープに録音する曲順の目印だと思うが、よりによってボールペンで筆圧強くしっかりとw  でもそんな事で文句なんか言わない。

 

母が親戚に貸した美空ひばりや三橋美智也のシングル盤は、その親戚の人が返す相手を間違えないようにとジャケットに直接マジックペンで長男(私)の名前が書かれて返って来た。そんな時代だった。将来中古レコード市場が成立するなんて思いもしなかったし丁寧な扱いなど頭の隅にもなかった。

 

今はラベル面のヒゲ(スピンドルマーク)も査定の減点になるのだとか。

穴からスピンドルを覗き見ながらそっと載せればいい事は百も承知だが、面倒臭いからついついスピンドルにスポンと入るまでラベル面を滑らせる。

目指す所に一発でなんて ... w

 

左: ヒゲ        右: ジャケットのシミ

これはヒゲやシミがなくても買い取ってもらえないだろうがw

 

買取り価格が付くようになんて考えていたら恐くて使えなく(聴けなく)なってしまうではないか。売るために買った訳じゃないし私には出来ない。

 

しかし思えば私なんかよりはるか上を行く強者がいたっけな。

 

2000年頃。

東京・恵比寿の或る喫茶店を、上司や取引先との打ち合わせでよく利用していた。昭和40年代キャバレーを彷彿させる派手な模様のベロア生地?ソファーは座り心地極上で、隅には家具調ステレオがあった。それだけで十分 ”昭和” だが、店主の60代と思しき麗しいおばさんの化粧と髪型はそれ以上にレトロだった。

 

恵比寿だから他にも喫茶店はたくさんあるのだが、いつ行っても客が少ない(というかほとんどいない)のと妙な居心地の良さに惹かれて、いつしか常連になっていた。

 

私が店に入ると、人生に疲れたような声で「いらっしゃーい」

注文を聞いた後には、サービスのつもりなのか必ず家具調ステレオでレコードをかける。それも決まって 菅原洋一 とか 石原裕次郎 とか。恵比寿の街の中でここだけは時間が止まったまま。

 

その日の菅原洋一はやけにノイズ混じりだった。レコード針にゴミがごっそり付着していると誰にでも分かるようなノイズ。おばさんも気づいたようでステレオに歩み寄ったなと思いきや、ゴソッ、ボボボッ と盛大な音が店内に響き渡った。

思わず絶句。   針のゴミを指で取ったな...

さらに ... おばさんが別のレコードをかけようと菅原洋一をターンテーブルから外して次のレコードを載せようとしているのを見てまたまた絶句。片手でレコード盤を鷲掴みにしているではないか。外周部をそっと、ではなくガバッと。

 

フツーは盤の両端を手のひらで挟むでしょ。片手でガバッ ですよ。

 

おばさんが煎れるコーヒー、カップの扱い方も ... 推して知るべし

 

レコードの扱いが雑な私だが、上には上がいるもんだ。

おばさん凄い! 参りました!

 

それから17年後、恵比寿に行った際「たしかこの辺だったよなぁ」と探し回ったが ...  ”昭和” はもうどこにもなかった。