見えないけれど、全部ある

2020年2月、最後にチェンマイにルーシーダットンを習いに行き、
2/15、チェンマイのウーとノーンがホームステイに来て、白川郷や岐阜城に行き、17人のタイ人、ベトナム人、日本人が私の誕生日に集まってくれ、手拍子しながらバースデーソングを歌ってくれました。

「また来月、桜を観に来るね」と言ったのが最後で、世界中がコロナ禍になりました。

私の仕事も影響される仕事ですが、コロナプラス身内や周りの病気や死が続きました。

父は半年という時間でしたが、1日たった10分の面会時間でしたが、毎日往復3時間かけて郡上まで行き、足湯、足つぼ、ハンドマッサージをさせていただきました。

コロナ禍で、家族やお客様でも考え方が違い、祖父母に足つぼにたくさん行けませんでした。

県を跨ぐとそれが更に難しく、何かをする事が喜びの私にとって、羽根をむしられるような日々を過ごしていました。

それでも朝日が昇り、朝が来て、現実に追われ、
怠け者なのに頑張りたいところがあり、
もがいても現状が変わらずの繰り返し

いつの間にか、無い、できない、会えないにずいぶんフォーカスしていました。

一人暮らしの人は感じた事があるかもしれませんが、友達が帰った後の静けさにフォーカスしていました。
亡くなったお客様のお身体を触れない事にフォーカスしていました。
財布から一万円札が出ていく事にフォーカスしていました。

山登りと一緒で、心も最初はトレーニングが必要かもしれませんが、
今目の前に友達はいませんが、お互いに過ごした思い出があり、未来に可能性があり、準備ができます。
亡くなったお客様と思い出があります。
財布からお金が出ていくのではなく、お金を使ってまた元気にご飯を食べて働けます。
会えなくてもできる事があります。

山登りも、大切な人たちの健康を祈るため、自分の心を整えるために登っていましたが、脚力が付き、いつの間にか本来の体型に戻っていきました。

たまに久高島の誕生日、旧正月の新月の夜を思い出します。
お月様が出ていない真っ黒な空、優しい風
何もないのに全部ある

今日も黒になります☯️