蒸し暑い空気に果てしない気だるさを覚えながら、私は傘を開いた。トツ、トツトツ、と雨粒が弾ける音だけが響いている。暑い気温とは裏腹に凍えるように冷たい風は、小さな雨粒を纏って私の体を突き刺しては通り抜けてゆく。



今日は、そんな天気だった。








普段は思うがままに綴っているはずの文章も、もう数十分の間打ち込んでは消して打ち込んでは消してを繰り返している。まるで心がいくつもあるかのように大小様々な思いが複雑に絡み合って重なり合っていて、上手く外に出てこない。これまでは、黒いもやが生まれても文章にすることで少しは楽になるようにできていたはずなのに。こうなってしまっては楽になること以前にもやが濃くなってしまうばかりである。どうせ人に読ませるための文章ではなく自己満でしかないわけなので、少しずつ好きなように綴っていこうと思う。



私は他人が思うほど強い人間ではない。弱さを見せない、感じさせないような、そんな人間に強く憧れているごく平凡な人間だ。


私は、特別ではない。


この世界という物語の中の村人Aのようなものだ。



「自分の物語の主人公はキミだ」

こんなセリフはまやかしである。昔はキラキラした瞳で見つめていたが、今の私はきっと驚くほどに冷めた焦点の合わない瞳で見ているのだろう。



こんなにもネガティブな気持ちになるのはあまりにも久々なことで自分でも追いついていない部分がある。上記のような夢もかけらもないことを考えてしまうのも、この気持ちのせいなのだろうか。そうであれと願うばかりだ。



いつも通りの友達の声。

自室で耳をすませば聞こえてくる近所に住む少女のピアノの音。

家の中を歩くときの畳と足が擦れる音。


日常的に聞こえる全ての音がいつも以上に頭に響く。


もうやめてくれ、と。


なぜこんなことを思うのか自分でもわからないほどに。



安らぎを与えてくれる声の主たちも束の間の存在で。そんな彼らを狂おしいほどに求めてしまう自分に嫌気が差す。


なぜこんな時に限って見たくもないものが視界を遮ってゆくのだろうか。


応援したくなるはずのあの写真も。


あの人と同じ呼び方で私を呼ぶあのLINEも。


乱雑に積み重ねられた本達も。




全部、全部。消し去れたら。





いや。

こんな世界から私が消えてしまえれば。



そうすれば。


この世界から消えてしまえば、私はどこに行けるのだろう。


何も無い真っ白な世界をただ1人彷徨うのだろうか。


それとも闇の中に取り残されるのだろうか。






実際のところ、私は消える気など甚だ無い。




それなのに





それなのに何故今私はこんなにも




心を踊らせているのだろうか。




私を包みこんだ真っ黒な塊から逃れられるということに。












明日の私が、もっときらびやかなものに心踊らせることができますように。