kazuのブログ

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昔ローマで楽しいひと時を過ごした時、考古学志望の旅人に「好きなローマ皇帝は誰か?」と質問したら「Julian」と返ってきた。

そのときはjulianはカエサルのことだと思ってた。

Julianとはユリアヌスのことだった。
歴史の授業では背教者として習うこの人の人生に感動を覚えない人はいるだろうか。

もう1700年も前に生きた人。
古代ギリシアローマ最後の灯火。

パクスロマーナが昔日のものとなって、帝国は分裂し、度重なる内乱と対外戦争、そしてキリスト教が公認されて古代のあらゆる美徳が失われつつあった殺伐とした4世紀。

神々が泉のそばで戯れて、祭祀には色取り取りの花が舞い、神殿に犠牲獣をささげて、人々が自然の恵みに感謝していたとき、節制、寛容、質実剛健を美徳としていた偉大な時代が過ぎ去ろうとしていた4世紀。

帝国を復活させるべく、ギリシアの古代の神々に信仰を誓って、キリスト教と自分の運命に立ち向かい、数奇な運命を辿って、31歳で戦死した若き皇帝。

ユリアヌスの性格、境遇、思考、行動が相通ずるものがあって不思議な思いがする。

哲学が好きなこと、歴史が好きなこと、自然を愛すること、繊細で激情家、生者より死者を重んじたこと、現世に興味を持てなかったこと、果ては自分がスペインの田舎を歩いてた時にキリストに対して感じた想いまで一緒だった。

幼いときに家族が粛清されて兄と二人生き残った。きっと孤独の中で、誰も信用できない中で、生きる心の拠り所をギリシアの神々や哲学に見たのかもしれない。

兄も処刑され、ユリアヌスは副帝の指名を受ける。
自分の意思とは別に運命が決まってくることを、それが自然の道理だと自覚しながら苦痛に苛まれながらも自らの職責を果たしていく。

きっと自分がやらなければ時代が変わってしまう。偉大な帝国が、美徳が滅びてしまうと、それが許せなかったのかもしれない。その責任感と高揚感が彼を高貴な気高い人間にしたのだと思う。

分裂した帝国を統一すると、宗教改革、教育改革を断行していく。それでも状況は予断を許さない。
東の国境線を確定させるためにペルシア戦役に赴いて、王都クテシフォンを前に戦陣に斃れた。

一説には味方のキリスト教徒に背後から刺されたという。彼らに伝わるには、「ガリラヤ人よ、汝は勝てり」がユリアヌスの最後の言葉だったよう。

それにしても帝国の再建を真剣に考えていた人ほどキリストを弾圧していたのはどういうことだろう。

人間は信仰によって救われるというのは本当かもしれない。

人間の偉大さはその魂の気高さにあるのだ。

自らに割り当てられた自然の摂理を果たすことが人間の運命なのだと、

いつも考える。