2月2日13時半。

 

確実な第一志望D校(偏差値52)から、第一志望のM校(偏差値59)まで車で送り届けた私は、

昼寝中の娘を乗せて家に向かって運転中だった。

 

 

突然チャットが入ってきたので、赤信号の時にチラッと目を携帯に落とした。

すると何やら画像が送られている。

 

 

 

 

ちょっとよくわからない。

 

 

 

その後、妻から電話。

 

 

 

一旦、車を路肩に停止し、折り返す。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「合格!!!」

 

 

 

 

 

私「合格?!」

 

そう、この時間は2月1日の午後に受けたM校2回目の結果発表だった。

午前は不合格だったが、午後は受かっていたのだった。

 

 

受かった。嬉しい。

 

 

叫んだ。

娘が起きた。

事情わからないながら、パパが喜んでいるのを察して一緒に車中で叫んでくれた。

 

 

一瞬で全てが吹き飛んだ。

つい数分前と真逆の状態。なんとも言えない感覚だった。

信じられなかった。

 

 

息子は結果を知ると近くのモスバーガーで昼食を済ませ、午後の受験を取りやめ早々に帰宅した。

息子を見たら、さらに喜びが爆発した。

家族全員でぴょんぴょん飛び跳ねて大喜び。

 

 

私は、妻の右手を両手で包むように触れ

「本当にありがとう。」

と伝えた。

妻は、とっても笑顔だった。

 

 

 

 

すぐに塾へ合格の連絡を入れ、我々の両親にも電話で合格を伝える。

 

 

 

 

 

その後。

3日(M校)と4日(M校orD校)の日程はキャンセル。

息子は、5日午前の超第一志望のH校(偏差値63)を挑戦すると意志を示し、

再び部屋にこもって勉強を始めた。

 

 

 

2月3日は息子の誕生日。

夕食に出かけ、軽くお祝いをした。

 

 

残り2日で

自分の実力を最大出力する。

そう宣言して、勉強を続けていた。

 

 

 

 

 

5日の朝5時。

 

 

この日は午後から雪の予報。

ギリギリ午前中は積雪にはならないと天気予報。

 

朝6時57分。

妻と息子と私は3人で駅に向かった。

私は付き添いではなく出勤。

下の娘は私の実家がサポートしてくれると来てくれた。

 

 

 

道中

H校に受かったら行きたい

と言う息子。

 

私は

最大出力で受験を気持ちよく終えてね。悔いのないように。

と伝えた。

 

 

 

 

 

 

結果は翌2/6の11時。

 

 

 

 

 

 

H校、合格。

 

 

 

 

 

 

 

 

インターネットで合否確認。

受験番号1934。

息子の番号があった。

 

 

 

その後のことは忘れた。それくらい驚き喜んだ。

学校から帰ってきた息子へ、伝える。

いつも通りのテンションではあるものの

 

嬉しい

と小さく喜んでいた。

 

 

塾に電話すると室長が出た。

N校の息子の校舎では、最終日にチャレンジ校の合格を決めることはほとんどないと驚いてくれた。

それがまたなんとなく嬉しい。

 

 

 

 

 

 

2月6日11時で全ての結果が出揃うことになった。

受験数は5校、6回。

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<1月受験>

1/8 長野S校(偏差値49):合格(1/12 10時)

1/14 埼玉O校(偏差値55):不合格(1/15 10時)

<2月受験>

2/1 AM 第一志望M校(偏差値59):不合格(2/1 22時)

2/1 PM 第一志望M校:合格(2/2 13時半)

2/2 AM 確実な第一志望D校(偏差値52):合格(2/3 10時)

2/5 AM 超第一志望H校(偏差値63):合格(2/6 11時)

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6勝4敗。

M校はリベンジ合格。

振り返ると、前受けの埼玉O校以外4校「合格」。

 

 

 

 

1月15日から2月2日13時29分までの期間。

我慢と苦難の連続だった。

妻のやつれた姿は忘れられない。

そして、軽はずみに中学受験の背中を押した私の後悔も忘れない。

ただ、2月2日13時半からは、夢見心地だった。

ジェットコースターのような感情の起伏。

中学受験を行う親は、総じてこのような感覚に陥ると聞いた。

7割は第一志望に受からないとも聞いた。

本当に辛かったし、本当に嬉しい体験。

 

 

 

もう2度と体験したいとは思わない。

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

息子はこの春から、H学園へ行く。

 

 

 

終わり。