KYの日記 -2ページ目

起業とか

「起業したい」という思いを持っている人、特に学生は、けっこう多いのかなーと思います。

僕もいつからか起業したいという願望を持ってはいたのですが、これまで注力してきたインターンシップと並行しての起業はなかなか難しく、実行に移すことはありませんでした。

正確には、起業の準備としてインターンシップをしていた節もあったのですが。

実は、今月の頭にかれこれ2年近く続けたベンチャー企業でのインターンシップはひとまず辞めにしました。

その後、事業というとちょっと大袈裟なのですが、まーなんというか利益を得るための経済活動に取り組んでいました。

人はそれを起業と言うのかもしれません。

1ヶ月近くが経過しましたが、結果的には当初の計画以上に収益が上がるようになってきました。

起業して成功するということがそんなに簡単であるはずはないと思っていますから、これから起業をするという場合はとことん慎重になって良いやり方とか悪いやり方とか勉強したり検討したりする必要もあるのかもしれません。

あんまり思いつかないですけど例えば成長している市場で起業した方がいいとか競合に真似されないような技術を使って起業した方がいいとか、まー陳腐ですけど(笑)そういう当たり前のことが大事なのは確かだと思います。

ただ、そういう難しいことは考えなくても、真剣に取り組めばどんなビジネスでも食うのに困らない程度のお金を自分の力で稼ぐのは全然難しくないということがわかりましたので、学生は勢いで起業してしまっても大丈夫なように思います。

要するに何が言いたいのかというと、起業したいと思っている学生はもう今すぐ起業すればいいのではないでしょうか。

半年くらい前に、大学1年生は起業したほうがいい なんていうことを生意気ながら書きましたが、自分でちょっとやってみたらあらためてその通りだなと思っています。

実体験から、個人的にはインターンシップやアルバイト等で最低限のトレーニングを積んでからにした方が成功する可能性が高くなる気もしていますが、経験のためにインターンシップをしたとしても結局あまり本気で取り組めないようであればほとんど時間の無駄になってしますので、とりあえず今持っているプランで起業した方がいいような気がします。

ところで、僕の周りを見渡す限り学生起業はそのほとんどが失敗しているわけですけど、客観的に見ていてろくに売り上げすらも立てられない最も多い理由はリスクがないことにより真剣さが欠如しているからだと思います。

だから、わざと初期投資の必要なビジネスに取り組んで自分も金銭的なリスクを背負ってみるとか、「代表取締役」みたいな名刺を持つことでモチベーションが上がるなら費用はかかりますが会社を設立してみるとか、そうやって自分が本気で取り組める環境を意識的につくれば絶対に成功するはずです。

正論を言えば元手のかからないビジネスの方が確実にいいと思っていますし最初から法人を設立するメリットも僕には少ないように思えますが、所詮学生のやることなんて大したことではないことが多いので小手先の理論なんかよりもいかに真剣に取り組めるかということの方がよっぽど大事だと、そういう話です。

以上、老婆心ながら。

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最近は文庫本ばかり読んでいます。

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この手の自己啓発本はたくさん読んだ方がいいと思っていて、最近は好き好んで読んでいます。

どの本にもほとんど同じようなことが書いていあるような気もするのだけれど、文面を理解するだけではまるで意味がないので、血肉になるまで何度も何度も読んでその腐った精神を矯正しましょう。

感想 : 大企業で出世するのがいかに難しいのかということが大変よくわかりました。

O島先生と僕

誰にだって、年をとっても一生忘れることのできない、思い出の先生がいると思います。

不良だった男子の場合は厳しい体育の先生(本質的には優しい)だったり、恋愛に対してませていた女子の場合は新任の英語の先生だったり。

僕の場合は、高校1年生の時に担任をしてもらったO島先生です。

先日、そのO島先生にばったりと出会い、当時のことを思い出してなんとも言えない懐かしい気持ちに浸っていました。



僕が入学した高校は、100年以上の伝統をもつ名門校です。

客観的に見て、文武両道を体現している非常に素晴らしい学校ではあったのですが、東京のスラムで育った僕にとっては長い歴史の中で形成されたその厳格な校風はとても窮屈なものでした。

決して不良ではなかった僕ですが、97%の学生が真面目なその高校の中では相対的に不良でした。

毎日のように、タチの悪い連中とお決まりの便所座りで学校に対する不満を口にしているような、絵に書いたような社会のクズだったのです。

そんな中で出会ったのが、当時の担任・O島先生です。

ある日のこと、僕等は例の如くO島先生に呼び出されました。

「郷に入れば郷に従え」

これまた例の如く、O島先生はいつもと同じようなことをとうとうと語っていました。

年にして50を迎えようとしていたO島先生の説教にはいつも迫力がなく、僕等は内心O島先生のことを小馬鹿にしていたし、O島先生もそれには気づいていたと思います。

しかし、その時の僕等には、いつものようにO島先生の発言に食ってかかる元気はなかったのです。

そんな僕等を見かねたO島先生は、訝しげな顔をしながら「何かあったのか」と聞いてきました。

その時に、実はかねてからひっそりと検討していた、僕等が他校への「転校」を考えているということをO島先生に伝えました。

精神的に子供で、勝手だった僕等は、当時いた学校に自分たちの居場所を見つけることがどうしてもできなかったのです。

O島先生からすれば、確かに僕等はデキの悪い生徒ではありましたが、人一倍目をかけてきた自分の生徒が今まさに学校を去ろうとしているわけです。

ナイーブな年頃の僕等の発言に対して、O島先生から一体どんな言葉が返ってくるのか、僕はいつも以上に申し訳ない気持ちで、同時に、目には見えない何かに期待しているような心境でした。

するとO島先生はいつもより興奮気味で

「え、マジで!?オレいい高校たくさん知ってるよ!!!明日パンフレットとか資料とかめちゃくちゃ持ってくるし!!!」

と口角泡を飛ばしながら言いました。

いやね、いくらそれが本心でもここは止めるところでしょ。

ツッコミの才能に恵まれていた僕は、目の前にいる常識のない大人にしっかりと注意しておきました。

その後もO島先生は、生徒から取り上げたエロ本をこっそりと読んでいたことがバレたり、修学旅行先で風俗に行っていたことがバレたりと、クレイジー・ティーチャーの名を欲しいがままにしていました。



あれからもう随分と時間が経つのですね。

先生、当時は伝えられなかったけどさ、オレ、先生のそういうスタンス、嫌いじゃなかったんだよ。

でもね、こんなオレでも、1年生の終わりの頃、先生が授業中に女子生徒にセクハラをしていくつかの新聞や週刊誌に取り上げられた時はさすがにちょっと引いちゃったんだ、ごめんね。

その後、数ヶ月の謹慎が明けて戻ってきた先生は、僕達にこう言ったよね。

「ホント、おれはやっていないんだってば」

あの時、僕等は先生の犯した罪や言い訳に言及することはせずにただ笑っていたけれど、あれはその場の雰囲気を良くするためとか先生を励ますためとかじゃなくて、なんかもうその状況こそが真のエンターテインメントだったからなんだよ。



本当に、たくさんの思い出をありがとう。

一勝九敗 (新潮文庫)/柳井 正

一勝九敗 (新潮文庫)/柳井 正

いい本だなと思う。

たたきあげの社長らしい感じがまたいい。

血肉となるまで何度でも読み返そう。

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経営とは、汲んでも尽きない目標と課題の井戸のようである。

矛盾だらけの経営課題を手探りで、ほうぼうにぶつかりながら解決していき目標に近づく。

目標をクリアーしかけると、また次の目標が見えてくる。――

手ごろな価格と体裁でますますカジュアルになるだろう本書の文庫化で、数多くの方々に読んでいただけたら望外の喜びである。

柳井正

堕ちていった秀才たち

早稲田実業という学校では多くの秀才たちに出会いました。

そのうちの1人である友人Iが、先程大学に退学届けを提出してきたようです。

5年間で獲得した単位は合計12単位。

12月からはタイでのんびりと暮らすと言っています。

彼は帰国子女で中学時代はあらゆる全国模試で10位以内に入ってくるような秀才でした。

大学時代は酒とギャンブルに明け暮れており、一般的に考えたら充分に社会のクズでした。

そういえば友人Kが、この前たまたま入ったキャバクラの店長に就任していました。

彼は早稲田実業の入試で最高得点を叩き出して入学してきた秀才です。

彼は高校時代から授業中に酒を飲んだり、空気を吸うように窃盗を繰り返すクレイジーな奴でした。

他にも、ものほんのヤクザになったり、指名手配を受けていたり、イニシャルすら出せないような、堕ちていった秀才たちをたくさん見てきました。

今思えば、彼らは幼い頃から明らかに早熟でした。

特に知的に、周りよりも圧倒的なスピードで成長し続けてきた彼らにとって、早稲田実業や早稲田大学といった空間は非常に退屈なものだったのかもしれません。

村上春樹の小説・ノルウェイの森の中に、早熟過ぎる人間は成長の過程で社会と折り合いがつかなくなり落ちぶれていくというような一節があります。

そんな春樹の小説の一節を地で行くような彼らに対する社会の冷たい目が友人の僕としても痛くて仕方がありません。

気づいてみれば、高校時代とても仲の良かったグループの中で無事に大学を卒業できそうなのは僕だけです。

嬉しいやら悲しいやら。