スリランカで絞首刑執行人の選定が難航、死刑台見た後に辞職も
[コロンボ 13日 ロイター] -絞首刑の執行人を募集しているスリランカで、執行人の選定が難航してい..........≪続きを読む≫
死刑に関する議論は多くの国や地域で、時代を超えて行われています。
死刑の賛成論者と、死刑反対論者の両方の意見ともに理解できる面もありますが、ひとつ疑問を感じる表現があるので書き留めておこうと思います。
それは「死刑は国家による殺人」という表現です。
国家による「殺人」という言葉を用いることによって、あたかも死刑が人道や法律に反した凶悪な行為であるような印象を持ちます。
では、死刑でない場合の量刑ではどうでしょうか。
「国家による監禁」「国家による強制労働」という言葉を用いると、これもまたとても印象が悪いのではないでしょうか。
つまり、死刑廃止論者の人は「死刑は国家による殺人であるから止めるべきだ。」
ではなく、
「死刑は国家による殺人であるから廃止、その代わりに国家による強制労働または監禁を行うべきだ」
と言い切った方が印象の面ではフェアとは言えないでしょうか。