翌日、『緑の乙女亭』の店主は、通りを歩いてきたイチを見るなり言った。
「夢を見ただろ」
イチは驚いたように目を開き、すぐに苦笑して、うなずいた。
「はい。見ました」
確かに昨夜、イチは夢を見た。
にっこり笑って両手を差し出す、緑色の目をした可愛らしい少女の夢だ。
目が覚めても、夢の事をはっきりと覚えていた。
店主はにやにや笑いながらイチに近づき、
親しみのこもった仕草で、イチの肩をつかんだ。
「初めてあのからくり人形を見た奴は、みんなあの人形の夢を見るんだ。
俺もそうだったよ。
でも今では、あの人形を見ると、死んだ姉さんの夢を見るんだ。
あの人形は、姉さんによく似ている。違うのは目の色だけだ」
最後には、妙にしんみりとした口調になっていた。
イチにも、夢に出てくる家族がいた。
黒い瞳が、遠い昔を思い出したように揺れた。
「おはよう。イチ!」
店の奥から誰かが勢い良く言った。
エームだ。
輝くような笑顔を浮かべ、飛び出してきた。
昨日とは違う白いブラウスと緑のスカートを着ている。
「おはようございます。エーム」
イチは、にっこり笑ってエームを見つめた。
エームは少しはにかんだように顔をむずむずさせると
慌てて父親の方に顔を向けた。
「父さん。絵の具の事は、もうイチに言ったの?」
店主は、夢から覚めたように瞬きをした。
「ああ、そうだ。イチ。絵の具を売ってる店を見つけておいたぞ。
今から行って、好きな絵の具を買ってきてくれ。
誰か店の者に案内させるよ。代金も、そいつに持たせておこう」
「あたしが行くわ」
エームが弾んだ声で言った。
父親は、きょとんとした目で娘を見た。
「おまえが?別に、おまえが行かなくったっていいだろ」
エームはつんと顎をあげ、父親を見た。
「だって、あたしの絵に使う絵の具でしょ。
あたしが色を選びたいもの。
それに、あの店にはサラがいるわ。たぶん店番をしてるはずよ」
主人は瞬きをして、少し考え込み、うなずいた。
「ああ、あのサラか。おまえの友達だったな。
うん。それじゃあ一緒に行ってくれ。気をつけて行くんだぞ」
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