八十歳の壁を越えて、「鐘の渡り」 古井由吉著 を読んで | pikoのブログ :読書は楽しい, アートに生きよう!

pikoのブログ :読書は楽しい, アートに生きよう!

ブログの説明を入力します。
本を読んで心を鍛える。元気にする言葉を発見する。
自作俳句やパステルアートを公開

古井由吉著 「鐘の渡り」 新潮社 2014年2月25日発行 読了

 

1971年 「杳子」で芥川賞受賞以来沢山の賞を受賞している文豪である

 

「鐘の渡り」は8編の短編集

 

「窓の内」

「地蔵丸」

「明日の空」

「方違え」

「鐘の渡り」

「水こほる聲」

「八ツ山」

「机の四隅」

 

私にとっては古井由吉さんの文章について行くのは難しい

 

非常に文学的で、難しい漢字や、言い回しが古い感じがする

 

年齢的には4歳しか違わないので

同じ時代に生きている人である

 

非常に昭和感のする感性の人である

 

私の教養の無さかもしれないが

文学に対する憧れもあって

古井由吉さんの文章が好きで

目にするとすぐ読みたくなる

 

ですから読了するのにずいぶん時間がかかる

 

描いている情景が過去から今にいつの間にかスライドして

並行世界を行ったり来たりする感じで読み手を惑わせる

 

古井由吉さんの感性の世界をひたすら描いている

 

彼の感性について行こうとするが迷路に入るような感じがする

 

私の想像力の貧しさを感じるが

そこに彼の魅力を感じて又読みたくなる

 

「明日の空」より

 

  -どこまでも人は明日を見ている。明日こそ永劫の今だよ。

    明けても明けなくってもさ。 

  明けたのを知るか知らぬか生者と死者との、つきとめればそれだけが違いだ

 

   ~

 

  -今は今日かい、明日かい。

 

 友人はもう一度たずねた。 雨もよいの明け方の空を渡る鳥の群れを見送った

 後のことだった。 朝帰りの冗談と私は取って、まだ昨日なのかもしれんぞと返した。

 

  -いや、やっぱり明日だよ。

 友人は鳥の影も紛れた遠い雲へ目をあずけた。なにやらまぶしそうに笑っているようだった。

 

 

何処の文章を引き出しても、文学的で、感性で読まなければついていけない

 

読書感想文を書くのは難しい

感性で書かれた文学に対しては読み手も鋭い感性を持っていないと書けない