再び穏やかな日常が戻ってきた。仕事も順調すぎるぐらいにうまくいっている。何年振りだろう、将来の不安を何も感じずに生活ができるなんて。私は毎日幸せを噛みしめていた。障害者雇用で働いているため、様々な配慮をして頂いている。残業はなく、体調が悪い時には遠慮せずに休んで欲しいとも言われている。有給休暇もあり、年間百四十日以上もの休日があった。自由な時間には事欠かなかった。

 そんな折、以前お世話になったNPO法人のスタッフから連絡が入った。定期的にその施設で行われているミーティングに参加してみないかというお誘いであった。

 以前から、福祉に関するボランティアをしてみたいという希望があったため、私は即答で了承した。どのようなミーティングかはよくわからなかったが、正直そんなことはどうでもよかった。私は平穏な日常に変化が欲しかったし、それぐらいの余力を持って日々過ごしていたのだ。ミーティングは二か月に一度、平日の午後六時半からNPO法人が運営するカフェで行われていた。幸いにも職場から目と鼻の先の距離にあり、仕事帰りに気楽に行くことができた。

 いよいよ参加初日の日が来た。ワクワクした気持ちでカフェに向かう。そこでようやくミーティングの内容を知る。参加者は十数名で三十代の方が中心と思われた。皆さん福祉や医療の専門家であり、病院で働いている方や大学の先生も多かった。もちろん、NPO法人の職員も同席していた。つまり私は唯一の素人であり、病気の当事者でもあった。なんだか誇らしい気持ちだった。当事者の代表として選んでくれたことに。

 ミーティングではNPO法人の主催する催しや、今後の方向性などについて主に話し合われていた。専門用語が飛び交い、最初の頃はさっぱり理解できなかったが、回を追うごとにおよその内容は理解することができるようになった。私がミーティングに呼ばれた理由は理解しているつもりだ。当事者として普段感じていること、どのような支援が必要なのかといったこと、それらを専門家の皆さんに伝えることだと認識していた。ありのままを話すことが大切だと思い、時には熱く語ってしまうこともあった。ミーティングはとても有意義なものであったし、自分の存在意義を強く感じることができた。

 参加し始めて二年ぐらい経った頃だろうか、スタッフからある提案を受けた。ピアサポートを立ち上げてみないかとの内容であった。初めて聞く言葉だ。それについて書かれている冊子を受け取り、しばらく目を通していた。

「面白そうじゃないか!」

 これがピアサポートに対する第一印象であった。私なりに解釈すると、それは以下のようなものである。

『当事者による当事者のための活動であり、お互いが本音で話し、相手の話にひたすら耳を傾ける。その中で共感を大切にし、時には感想を言い合い、客観的事実に基づいたアドバイスをする。しかし、決して自分の意見を押し付けることはせず、あくまで決めるのは本人。そして、答えはすでに自分の中にあるという考えのもと、自らの気づきを何よりも大切にする。』

 私はこの活動に非常に興味を持った。

「一生をかけたライフワークにしていこう。」

 それぐらい運命的なものを感じていた。

 早速、ピアサポートに関する講習会を受けることにした。私は数か月の間に何度か各地の講習会に参加し、ますます興味を持つようになっていった。最終的にはピアカウンセラーとして、当事者の方々の力になりたいと強く思うようになる。その適性があるに違いないという確信があったし、私がやらずに誰がやるという思いすらあった。

 いよいよピアサポート立ち上げの準備が始まった。まずは仲間を募集するためのポスターを作成した。病院など関係各所に持っていき、掲示してもらうのだ。もちろん、活動の場となるNPO法人にも目立つ場所に貼ってもらった。運営している地域生活支援センターや就労支援センター、フリースペースに来る方々にもぜひ知ってもらいたかったのだ。

 およそ一か月が過ぎた頃、私を含めて三人のメンバーが集まった。ついに動き出したのだ。そして、記念すべき第一回目のピアサポートがNPO法人の面談室で行われた。最初はもちろん不安であった。しかし、すぐにそれは杞憂であることが分かった。予想していた以上に充実した時間だったのだ。初対面にもかかわらず、みんな本音で語っていた。あっという間に二時間が過ぎ、それぞれの顔には満足げな表情が浮かんでいた。

「これがピアサポートの効果なのか!」

 私は少なからず驚いた。こんなにうまくいくとは思っていなかったのだ。確かな手ごたえを感じつつ、幸せな気分で自宅へと帰って行った。

 第一回のピアサポートから数か月たった今、メンバーは六人になっていた。ちょうどよい人数だと思う。これ以上多くなると、ひとり当たりの持ち時間が少なくなってしまうからだ。参加するメンバーはみんな楽しみにしてくれているようだし、毎月一回安定して開催できるまでになっていた。話す内容も毎回異なり、時にはメンバー自身の悩みをみんなで考えることもあった。

 とても良い流れだ。とにかく活動に無理がない。みんながハッピー。このまま地道に続けていくことが、何よりも大切だと思っている。そしてその先には病院をはじめとした地域活動への参加であったり、個人を対象としたピアカウンセリングであったりと具体的な目標が見えるまでになっていた。

 元々は私の経験を生かしたいと思っていた。その結果、誰かひとりでも気持ちが楽になったり、少しでも前向きな気持ちになってもらえたり、何かのきっかけになってくれればと思っていた。しかし後に気付くのだ。結局は自分のためだと。誰かの役に立つことによって、

「私自身が救われたい。」
「過去の辛い経験が、無駄ではなかったと思いたい。」

 ということに他ならない。きれいごとを言うつもりは全くない。ボランティア活動は全て、自分のためにやっている。