東京都・京橋にある画廊、加島美術さんの展示即売会「美祭(びさい)」にうかがいました。
近代日本美術の逸品(掛け軸が中心、書や肉筆画、洋画など)を、原則ケースなしで間近に観ることができます。
私が惹かれた作品たちとその作者について、ピックアップしてご紹介したいと思います。
まずはビックネームによる掛け軸からご紹介します。
横山大観 1868 - 1958
≪曙色≫昭和16年
文化勲章を受章した後の円熟期の作品。
今回は、明るい色の華やかな作品よりも、墨絵やそれに近い抑えた色合いの作品に、より素敵なものが多かったように感じました。
美人画では、伊藤深水や上村松園の作品が展示されています。
同じ美人画でも画風の大きく異なる二人です。
上村松園 1875(明治8) - 1949(昭和24)
≪紅葉かり図≫
当時は珍しかった女流画家で女性初の文化勲章受章者。
花鳥画の名手・上村 松篁(うえむら しょうこう)の母でもあります。
展覧会場で絵を汚されるも、堂々と展覧会を続けた(その絵は高額で買い手がついたそうです)という気丈なエピソードもあります。
こんなしとやかな女性像の製作の裏にはそんな苦労が…美しさの裏には強さ有り、ですね。
伊藤深水 1898(明治31)- 1972(昭和47)
大正・昭和期の浮世絵師、日本画家、版画家。
≪白萩≫
精力的に活動した画家で、作品の数もすこぶるたくさんあるので、皆さん一度はどこかで目にしているのではないでしょうか。
美人画家として有名ですが、社会の下層階級を描いた秀作や木版画、肖像画など、幅広く制作しました。
色白美人な奥様をモデルにした作品が彼の美人画の原点でした。女優の故・朝丘雪路さんのお父様でもあります。
竹内栖鳳 1864(元治元年) - 1942(昭和17年)
≪秋暮≫
いたってシンプルな構成なだけに、鑑賞者の想像力が遊ぶ余地があります。
緻密に描きこまれた作品も素晴らしいと思いますが、最近この絵のように良い意味で力の抜けた、余裕を感じる作品が落ち着くなあと思うようになってきました。
戦前の京都画壇を代表する巨匠。
代表作は、『班猫(はんびょう)』 1924年(大正13年)山種美術館所蔵 画像はこちら。
続いて、数少ない洋画の1つをご紹介します。
岡田三郎助 1869(明治2) - 1939(昭和14)
≪田園の冬≫明治24年
22歳、若き日の作品です。
フランスに留学し、黒田清輝の師匠でもあるラファエル・コランに師事した国際派です。
階段を上って2階にあがると、正面に飾られています。
B5サイズ位の小品ですが、のんびりした景色には広がりが感じられます。
優しい色調とはいえ、存在感もあります。
香り立つような女性像を得意とした画家ですが、風景画も守備範囲です。
代表作は「あやめの衣」1927(ポーラ美術館所蔵)
1982年には60円切手のデザインにも採用されました。
小林清親 弘化4(1847)-大正4(1915)
≪武蔵野々火災透之図≫
「最後の浮世絵師」「明治の広重」と呼ばれた小林清親の肉筆画です。
色数は抑えられていますが、陰影表現に長け「光線画」で名高い清親だけに、画面には重厚さが漂っており、光と影のドラマを感じました。
パッと見では画面の赤は夕暮れの茜色かと思いましたが、実は、林の向こうに揺らめく炎。
山火事の様子を描いた作品なのです。
今でいうジャーナリスト気質なのか、江戸での大火事や日清戦争の戦闘の様子を描写した版画も制作しています。
≪両国大火浅草橋明治十四年一月廿六日出火≫ 画像はこちら
空を覆いつくすように広がる深紅の炎から、恐ろしさが伝わってきます。
日付が記入され、あたかも事件の記録のようです。
≪第二軍旅順口攻撃之図≫ 大英図書館所蔵 画像はこちら
日本軍の射撃に倒れる、向こう岸の清軍兵たちが影絵のよう。
人口密度が高く、木造家屋が密集していた江戸では、火事が多発しました。
しかし、こんな郊外でまで火事を描かなくても…
橋本関雪 1883(明治16)- 1945(昭和20)
≪朧夜図≫昭和10年頃
神戸出身。漢学者の父の影響で、幼少から中国古典に親しんでいて、たびたび中国に渡りました。
前述の竹内栖鳳の弟子でもあります。
京都銀閣寺畔の白沙村荘に住み、白沙村人と別号しました。白沙村荘の庭園は、現在一般公開されています。広大な敷地。庭園が美しく、紅葉の名所でもあります。 公式サイトはこちら
みみずくの表情が魅力的です。老成してどこか達観しているような、それでいて愛嬌があるような。
人間的な表情をしているので、鑑賞者にじっと眼差しで訴えかけてくるようです。
今尾景年 弘化2(1845) - 大正13(1924)
≪江村蛍火図≫
水辺の湿った空気感まで伝わってくるようです。
蛍のかすかな光に何とも言えない日本の情緒を感じます。
この人のすごいところは、無駄を削ぎ落した画面だと思うのです。
余計な線、余計なモチーフがない潔さに惹かれます。
明治から大正にかけて活躍した四条派の日本画家で、三井呉服店にも出入りを許された京都の友禅師の家に生まれました。
動物画を得意とした木島櫻谷の師匠でもあります。
最近まで、東京国立博物館・本館で行われた小企画展「明治150年展」で≪松間朧月図≫が展示されていました。 作品画像はこちら。
代表作は、シカゴ万博に出品されて賞を受けた≪鷺猿図≫(同じくトーハク所蔵) 作品画像はこちら。
地元京都の美術館、国立近代美術館や足立美術館などにも所蔵されています。
明治前期には海外の展覧会で受賞を重ねたほか、京都画壇で活躍し、帝室技芸員にも任命されましたが、今ではすっかり忘れられているという、世の不思議。
ほか、丸山応挙や、伊藤若冲などなど。
丸山応挙≪花鳥池中鯉図≫
渡邊省亭の作品は、残念ながらこの日は展示されておらず。
省亭は明治期に活躍した花鳥画家で、昨年にこちらの画廊で回顧展「孤高の神絵師 渡辺省亭展」が行われて以来、 展覧会の鑑賞メモはこちら
じわじわと再評価されてきています。繊細で洒脱な筆さばき、私も虜になっています。
先月末にも、「省亭SEITEIリターンズ!」という展覧会 展覧会の鑑賞メモはこちら が終了したばかり。
加島美術では省亭の良品を多数お持ちで、これからもイベントを企画されているそうなので、要チェックです。
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普段は絵画をメインに観ている私ですが、今回は
幕末を駆けた偉人たちの書を楽しむことも目的の1つでした。
皆さまは「幕女」という言葉を耳にしたことがありますか?
歴史好きな女性を「歴女(れきじょ)」と呼びますが、
なかでも幕末好きな女性を「幕女(ばくじょ)」と呼ぶそうです。
新撰組の土方への愛から毎年箱館・五稜郭での慰霊祭に参加したり、志士たちのお墓参りに日参する強者もいるそうです。
(「歴女」は一発で漢字変換できたものの、「幕女」は漢字変換されず。「瀑所」「場駆除」なんてとんでもない当て字が出てきてしまいました。まだまだ普及されていない用語のようです。)
上記のようなマメさはありませんが、幕女の端くれを自認する私。書も色々とみて勉強したいなあと思っています。
幕末といえば、長きにわたって続いた鎖国や徳川体制の社会矛盾が爆発、血で血を洗う事件や戦が多発した激動の時代です。
当時の人々にとっては明日を生き抜くのも大変な時代でしたが、現代では、戦国時代に続いて人気のある時代でもあります。
戦いばかりがクローズアップされますが、才能や志ある人材が雲のように現れて輝いた時代の残した文化にも、ご注目。
現代では、「Yes, you can!」のキャッチフレーズで米国市民の心をつかんだオバマ大統領など、わかりやすい演説に長けていることが、リーダーには欠かせません。
当時は、話すこともですが、教養を示す文章力や書のうまさは地位ある男性には絶対不可欠でした。
インテリ揃いの幕臣はもちろん、主だった志士たちは皆、多くの書を残しています。
勝海舟の書のうち注目していた2点は残念ながら売約後でしたが、西郷隆盛、徳川慶喜、渋沢栄一、山岡鉄舟、山本五十六…などなど著名人の作品が展示中でした。
西郷隆盛(号:南洲) 文政10(1828年) - 明治10(1877年)
豪快な筆さばきの雄々しい大字。
紙面を縦横無尽にうねって進む筆端に、エネルギーを感じます。
西郷は特別に書を習ったことはないそうですが、美しい手紙を沢山残しています。
幼年期の怪我で右肘がやや不自由だったそうですが、それを感じさせない迫力満点な筆力の書が数多く残っています。
「敬天愛人」
=天を敬い、人を愛す
という意味の言葉が座右の銘で、数多い揮毫が日本各地に残されています。
トーハクにも所蔵されています。 画像はこちら
2018年10月現在、NHK大河ドラマ「西郷どん」 公式サイトはこちら が放送中で、タイムリーな出品。
幕末の偉人のうちで好きな人物は誰か? と調査をすると、常に男性からの圧倒的な支持を勝ち取る西郷(ちなみに女性人気トップは、坂本龍馬や新撰組の土方歳三です)。
特に40代以降の男性に人気だといいます。
その波乱万丈な人生と骨太な生き様、武士らしい最期(西南戦争末期に城山で切腹)が日本男児の血潮を熱くするのでしょう。
薩摩藩の下級士族の出身で、名君・島津 斉彬(しまづ なりあきら)に目をかけられて大出世してゆきましたが、その後の主君・島津久光とは確執があって(…というか久光の主君としての器に問題があったため)、幕末から新政府時代まで苦労させられました。そんなところも、困った上司に日々悩まされながら耐えるビジネスマンの皆様の共感を呼ぶのかもしれません。
徳川(一橋)慶喜 1837-1913
≪直縄…≫
読み:直縄者狂木所憎深公者姦匿所讐
大政奉還を果たした「最後の将軍」として有名な十五代将軍・徳川慶喜は達筆で知られていますが、これも流れるような筆づかいです。
政治態度は二転三転し、「二心殿(にしんでん)」などと揶揄されるほど周囲を翻弄。
鳥羽伏見の戦いでは、敗軍の将兵を置いて側近だけで江戸に悠々帰還する強心臓っぷり。
将軍としてはいかがなものかと思いますが、趣味人としては卓越していました。
江戸城を無血開城した後、明治時代は静岡で謹慎生活を送りました。
旧幕臣たちが薩長主導の明治の世で辛酸をなめている間も、潤沢な隠居手当で写真、狩猟、投網、囲碁、謡曲…などなど、趣味に没頭する余生を送り、ストレス・フリー(?)だったせいか、77歳まで長生きしました。
とりわけ写真撮影には凝っていて、本職の写真師の指導を受けるほど。
晩年には、自転車に乗ってふらりと街なかに出てきては撮影をしていたのが有名で、彼の撮った写真は現代まで数多く残っています。
…と、このように、幕末・明治の偉人たちの個性的な作品が揃っています。
絵画に比べて、書の値段は全体的にリーズナブル。憧れの人物の書が自宅にあったら、毎日テンションが上がりそうです。
【参考文献・URL】
「あの人の直筆」(国立国会図書館特集サイト) http://ndl.go.jp/jikihitsu/index.html
「美祭24」カタログ2種 加島美術
「描かれた日清戦争 ~錦絵・年画と公文書~」アジア歴史資料センター・大英図書館共同インターネット特別展 https://www.jacar.go.jp/jacarbl-fsjwar-j/index.html
浮世絵検索 https://ja.ukiyo-e.org/
日本の書 維新~昭和初期 成田山書道美術館編 二玄社
美祭
加島美術
〒104-0031 東京都中央区京橋3-3-2
会期:2018年10月20日-11月4日
会期中無休
営業時間:10-18時
入場自由
最寄駅:東京メトロ京橋、JR有楽町または東京
加島美術公式HP
https://www.kashima-arts.co.jp/
最終更新:2018年10月29日