おはようございます☆

パーソナルトレーナーのKAZUです。


先週、久しぶりにユーミン(荒井由実)の曲を聴きまくってたら、

ふと、「やさしさに包まれたなら」の歌い出しの「小さい頃は、神さまがいて」


この曲「魔女の宅急便」のエンディングにも使われてたり、ボクがイベントプロデューサー時代に様々な演出に使わせてもらった非常に思い出深い曲だった。

この歌い出しが秀逸だなって聴くたびに思う。

小さい頃は神さまがいたんだってこと。

っていうことは、今は神さまがいない、見えないっていうことになるわけで。


確かに、、、

子どもたちには神さまが見えているのかも知れないと思いたくなる。

じぶんの子どもの頃を思い返しても、確かにそうだった。

神さまが「いた、見えた」ような気がする。


祖母の家の使わなくなった納戸には枯れ錆びた井戸や土間があって、ボクが入ると危険だから「オバケがでるよ」と言って近寄らせなかった。だけど、小さい頃から変わり者のボクはオバケを見てみたくてよく納戸に行ってたっけ。 


オバケというのは目に見えないと思う。目に見える形で描かれているものは漫画やアニメ、映像にするから想像でビジュアル化しているにすぎず。

実際には、オバケは見えず、そこに「いる」ことを感じたり「気配」を感じるわけで。


ボクはスピリチュアルには興味は無いのだけど。

「そこになにかがいる」と感じる「じぶん」がオバケの正体なんじゃないかと思っている。それは「神さま」も同じで「そこに神さまがいる」と感じた(じぶん)が神さまの実態のはず。

「小さい頃は神さまがいて」というのはそういうことだ。「神さま」なんて信じてない「じぶん」がいるのが、「今のじぶん」なのだ。


認知症になった母親を目の当たりにして、年をとると時空を超えてまた別の神さまがいるのかも知れない。


または、今だって実は別の場所で夢を見ているかも知れない。「神さまを信じなくなった」そういうじぶんだけが、今確かにここに存在している。

本当のじぶんはどこに?

もちろん、誰にもわかるはずもない。