「万引き家族」 | わたしの、ものさし

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 先日、外国でなんとかという賞を受賞した「万引き家族」を観た。

 是枝監督の映画「海街diary」「そして父になる」を観たことあるが、この2つに共通するテーマは、家族の在り方とか、血のつながりのない家族の絆といった、家族の人間関係になっている。この2作は好きだが、「万引き家族」は正直微妙で、鑑賞後の後味は悪かった。「万引き家族」では、いろいろな問題や傷を抱えた人たちが集まり寄り添って「家族」を形成している。しかし、タイトルどおり、犯罪をベースに成り立っている「家族」であって、詳細はネタバレになるので書かないが、猟奇的な場面と思えるシーンもあって、家族の絆をしみじみ感じる前に、気味の悪さがあった。前2作のほのぼのとした温かさと違い、妙な違和感を覚えたのは私だけだろうか。

海外で受賞し、映画もヒットする背景としては、こういった社会的に抑圧された弱者の影と仮の家族の絆という危うさという単純ではない感情の描写が見事というのであれば、そうかもしれない。

が、私は単純な者で、映画は娯楽として単に楽しみたいから、私があえて付けるとすれば「万引き家族」は低評価となる。

 

是枝監督の上記3作に共通するのは、リリー・フランキーが出演していることだ。

最近、いまさらながらリリー・フランキーの小説「東京タワー」を読んでいる。この小説は著者の自伝であるらしい。読むと家族の愛憎が描かれていて、家族が素直で優しくておおらかで、この小説の世界観と是枝監督の描く映画の中の家族がオーバラップする。リリー・フランキーが是枝監督作品に出演する理由はそこにあるのだろう。