金沢に行かない〜?とお友達から声をかけてもらったのは、9月ごろだったと思います。

こちらのブログでは何回か書いたことがあるのですが、金沢は良ちゃんとママにとって特別な地です。

2008年に神経芽腫が再発した良ちゃん、様々な治療を試みましたが、なかなか手強く、一発逆転を期して金沢大学病院だけで受けられるMIBGという放射線物質を利用した治療→抗がん剤の大量投与に踏み切りました。

金沢大学の治療について詳しくはこちはをご覧ください↓↓


この治療は、患者さん自身が放射能を発するため、ただ1人、特別な部屋に隔離されます。


食事、トイレなど身の回りのことを自分で出来る年齢にならなければ受けられない治療。子どもにとってはとても厳しいものです。

母親も直接会うことは許されず、モニターで様子が見えて、受話器を通じて会話が可能な部屋で待機します。



私もこの部屋で寝泊りしながら、良ちゃんが外に出れるのをひたすら待ちました。

良ちゃんは、MIBGの取り込みが多くて、抜けるまでにとても時間がかかり、丸8日この状況で生活しました。

治療の話が長くなりましたが、この治療に入る前にも検査などが色々あったのですが、治療が始まる前の2日間、フリーな時間が結構あって、2人で金沢の町に繰り出したのです。

もちろん、これからの治療に備えて無理はできないし、体力も落ちてる中です、それほど何かができたわけではありません。

それでも、昼、夜、次の昼、夜と4回外食をしたかな。


この写真は、ぶどうの木というカジュアルイタリアンでパスタを食べてる良ちゃん。

あと、当時、あ、今も話題の21世期美術館のプールも見に行きました。片町のゲームセンターにも。

ゆっくりゆっくり、でも、たくさん歩いて金沢の街を巡ったことは、神様がくださったかけがいのない奇跡の時間でもありました。でも、あまりに濃密な時間だったので、その後、振り返るには切なすぎていました。

と、長い話になりましたが、そんなこともあり、金沢へのお誘いは、すぐに行く行く〜って感じではなかったのですが、

誘ってくれたお友達は、こういった私の心を本当によく理解してくれる人。

彼女となら、金沢に行きたいと思ったのです。


そして、10年経った2019年に、行ってきました金沢に。

金沢在住のSちゃんという、誘ってくれたお友達のお友達がずっと付きっきりで金沢の街を案内してくれるという素晴らしい旅になりました。

Sちゃんには、良ちゃんのこと、何もお話しなかったのですが、ご案内いただいた道すがら、良ちゃんと行ったお店が次々と目の前に現れるのです。

もう、すっかり記憶のはるか彼方で、どこをどう歩いたのかなんて、何も覚えていなかったのですが、ちょっとした裏道にある洋食屋さんの前を通ってビックリ。

良ちゃんと金沢名物ハントンライスを食べたお店。


これは、今回行った21世期美術館のプール。

ぶどうの木は、もう別のお店になっていましたが、その前も通りました。そういえば行ったと思い出したもつ鍋やさんもいまもちゃんとありました。

ゲームセンターも見つけ、10年前のあの日の記憶が甦りました。

良ちゃんが一緒にいたのかもしれないですね。

そして、最後に素晴らしい経験をしました。

Sちゃんが並んで予約をしてくれたお寿司の名店、小松弥助というお店に伺ったのですが、

88歳になられるレジェンドのご主人がお寿司を握るのを目の前で見ながらのお食事、それは、もう神様に祝福されているような神々しい時間だったのです。


ご主人の放つオーラというのでしょうか、すごい人間力で、店内が幸せに満ちていました。


ご主人が握ったお寿司を手渡ししてくださいます。

涙が自然と出てきてしまいました。

良ちゃんとの大切な時間を過ごした金沢で、優しく包んでもらったような感覚。

誘ってくれたお友達、お店を予約してくれたSちゃん、ご主人、お店の方々、そして、金沢という街、いろんなことに感謝の思いで、心の中かものすごく温かくなりました。

良ちゃんに、ママ、生きていることは素晴らしいねと話しかけられたような気がしたのです。


まさに奇跡のような体験でした。


金沢に、勇気を出して行ってきて、本当に良かった。

うまく言えないのですが、本当に本当にありがとうございました。