未来の糸を選ぶのは自分 | 魂からのメッセージ

魂からのメッセージ

ツインソウルだと思う人に出会ってから、
私は人生の転機を迎えています。
同じような思いを抱いて、悩み、迷っている仲間たちの
何かのヒントになれたらいいな。と願いながら
日々の思いを綴っていこうと思います。


彼と出会って
会わなくなったあと
私は悩みに悩んでFacebookで見つけた彼にメッセージを送りました。


その行動を私が選ばなければ
彼と話したこと、
彼への思い、彼へ感じたことは
今の半分、、、
それ以下だったと思います。



返事が来たときは
天にも昇るような気持ちになり
返事がないときは
地に落とされたような気持ちになり



私が彼に連絡をする、
という選択肢を選ばなければ
この2年もの間
喜びも温かさも苦しみも切なさも悲しさも
それらを越えて感じる穏やかさも
味わうことはなかったでしょう




彼とメッセージのやり取りをし始めた頃。
返事が来ないことを覚悟して
メッセージを送り、
返事が来て、
胸が高まり
また数日後、
私からメッセージを送り、
返事が来て、
さらに胸が高まり



「もっともっと話したい」



そんな気持ちになってきて
でもやり取りをするなかで、
彼との温度差は感じていました。


返事はくれるけど
会話を続けようとしている感じはなかったし、もっと、私のこと聞いてきてほしいのに何だか会話がかみ合わない。



お互い、選ぶ言葉がかみ合わなくて
心が通じてることは
何となく感じるのに


直接話すことが出来たらどんなにいいだろう、と何度も思いました。


でも、きっと会話でも同じだったのでしょう。


自覚がないときから
見えない部分で
テレパシーのようなもので
伝えあっているような感覚で
言葉で伝えようとすると
うまくいかなかったように思います。


言葉にする
形にする
というものは
自分が生まれて育ってきた環境に
大きく左右されると思います。


魂同士が同じ色だとしても
現世で生きてくるなかで
培ってきた経験
それらから得た魂を囲む色。
その色が違うと
摩擦が生じる。



そんなイメージです。




たくさん知って
たくさん一緒に過ごして
たくさん話せば


わかりあいすぎるほど
わかりあえるのに。


「ツインソウル」
という概念を知る前から
そんな風に思っていました。



ツインソウルとの出会いは
魂の周りを囲む色が
本当の魂の色と同じだったならば
スムーズなのかもしれません。


色の違いが大きければ大きいほど
現実でも
ずいぶんと手放しがおきていくのかもしれません。



ランナーとチェイサーで言えば
チェイサーは
魂の本当の色を大きくしていくのかもしれません。


一方
ランナーは
魂の周りを囲む色を強めようとするのかもしれません。


でも
ツインは
陰陽の関係
常に表裏一体


チェイサーが
魂を
本来の魂の色だけに出来たときに
ランナーの
頑なに守ろうとした色が
本来の魂の色へと
飲み込まれていくのかもしれません。





そして


私は彼とメッセージのやり取りを何度かしているときに
ふと思っていたのです。



「彼に連絡をとるたびに、彼との縁が遠くなっていっているような気がする」



心のどこかで
無理矢理、現実で連絡を取ろうとしたりするのではなく、またいつか会える日を待とうよ、

そんな思いがあったのです。



でも
そんな穏やかに待てるような感情では
到底ありませんでした。



とにかく、
動かずにはいられない。

頭で考えても考えても
何の答えも出ず
心は常に嵐のように揺れ動き
突き動かされるように
もう、行動するしかなかったのです



そして、
メッセージをやり取りしていても
何となく噛み合わない

顕在意識での温度差もあったのでしょう。





私が2年前のあの時選んだ
今へ繋がる未来への糸。
魂からの思いに気づくことがなければ
違う未来の糸を選んでいたかもしれません。
その未来で、今とは違った状況で
彼と交流していたのかもしれません。




でも、パラレルワールドの考えならば
2年前に私が選んだ糸も
選ばなかった糸も
そのまま平行して時は流れています。


私が2年前に選ばなかった糸を
今、過ごしている
この日常の選択や判断のなかで
選ぶことがあるのだと思います。


あの時、あの選択をしなかったから
今がこうなっている。
もう戻れない。


そうではないのだと思います。


戻れる。
いや、
戻れる、というより
選択できる。





「君の名は。」

三葉のおばあちゃんが「結び」について語った言葉。




「より集まって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って、途切れて、また繋がり…」





時の概念を表す言葉ですよね。




「糸」は「時」の流れ。

その糸は一本ではなく絡み合っている。
組紐のように。



過去に選択してきた先に「今」がある


でも
それは一本の道ではないのでしょう。


選択は大きな選択も小さな選択もあります。



たとえば、結婚。
結婚する、という糸をつかむ。
その糸をつかんだ先に
今度は子供ができる、という糸をつかむ。

その他にも小さな選択に見える糸もつかんでいる。


結婚して子供がいる糸を編んでいるなかで
結婚しなかった時の糸が出てくることもあるのだと思います。


結婚しなかった時の未来。
それを
結婚したあとの未来で
選択することもできるのでしょう。


もちろん逆も。

結婚しない糸を選んだあとに
結婚した場合の糸を選ぶこともできる。

それは糸どうしが絡まり合い
絶妙な配置で選択できるのでしょう。


人や場所や環境がそのままそっくり選べる
というわけではなく
選ばなかった人生の中でしか出会うことの
なかった人に
出会う。

そういったことなのでしょう。




もしかしたら、選択をするなかで、
糸をほどくことになるかもしれない。
絡まってほどけなくなるかもしれない。


それでも
自分が糸を探してさえすれば
必ず
つかむ糸が出てくる。


そして
それが自分自身の波動をあげることで
高いところの糸が掴めるようになったり
選択肢が増えたり
そういうものなのかもしれません。






自分に流れてきた時間は一本ではない。




未来は常に選択できる。




そして



過ごしてきた過去に無意味なことは何一つない。




間違えたと思った過去の選択は
これからの自分次第で
正しい選択へと掴み変えることができる。



そもそも、間違いも、正しいも、ない。


間違いだと思うのは誰?
自分。
正しいと思うのは誰?
自分。




自分の思考が全て。




全ては、ただ、そこにあるもの。
正しいとか
間違いとか
ジャッジしているのは自分。




そして
自分の未来を
選んでいくのは自分。