普通は自然に流れていく事なのに、

いつも意識している。

まだ生きているのか?

頑張って生きているますか? 自分に問いかける。


この1年で、そうなってしまった。


将来の事を考えるほどの余裕があれば、

今を生きる事に専念しなければならない。



親や、家族には申し訳ないが、自分の命の大切さは、

かなり低くなってきている

時々、楽に死ねればと思うときもある。

家族の事を考えれば、以ての外なのに。



何の為に生きているのか、疑問もある。

家族の為、将来の為なんだが、



ほんとに、

愛娘の笑顔と成長以外、

楽しめる事が無くなった。



そして、孤独感もできた。

会社や友人の前では、笑っているが、

実のところ、孤独で、

自分の気持ちや、考え方を理解してくれる人が、

いないと感じている。



夫婦仲は、冷め切っていて、何も頼むことは

無くなった。

障害児を育てる家庭としては、

力を合わせて、やっていくべきなのだが、

もう、戻れないと思う。

これは、私たち夫婦の問題で、

子供たちには、申し訳が無い。


会社員として、労働をし、給料を家庭に届けるだけの、

人になっている様に、感じる。




友人との付合いはあるが、誘われる時だけに限定し、

出かける事に決めている。

嫁さんの事を考えると、

自分から、遊びに出かけていくのは、気が引けてしまう。


それに、明るい話題を話せないかもしれない。

悩みを曝してしまいそうになる。

そうすればいいのかもしれないが、解らないだろう…

本当に障害児を授からなければ、他人は答えようがない。

安易に答えて欲しくない!

だから、何も言えなくなった。


どんな話でも受け入れてくれる気持ちで、

一対一で話そうと、誘ってくれれば、

心を開けれたかもしれないが、

自分からは求められないし、出来ない事だ。



だから、孤独になり、

生きる意味に、疑問を持ち始めた。



娘だけを、生きがいに頑張っている。

可愛くて、本当に愛している。




今の人生に、心が折れそうな時ばかりだ。

生きている証を、娘に示す事ができれば、

其処に自分のゴールが見えた様な気がして、

自分の命の到達点なのかと、錯覚してしまう。


闇雲に生きている事を、

自然ではなく、意識しているんだ。

そして、些細な喜びを見つけ、生きるエネルギーに、

変えようとしている…












新しく、ホームセンターの複合店ができたので、

早速、二人自転車でいきました。

前に乗せて発進すると、色んな物に興味を持ち、

お喋りをする。 それがとても面白い。


お婆ちゃんの自転車を追い抜くと、

「待ってあげて!」と説教したり、

公園をみると、遊びたいととゴネル。 

三歳になってから、意思がいっぱいと出てきました。


買い物をしていても、退屈になったのか、早く帰りたい言う。


帰りの途中で、約束の公園へ行きました。

いつの間にか、ブランコを怖がらなく乗る。

怖がっていた滑り台も、平気でしました。

日々成長してくれています



体操教室でできた、お友達とも会い、

一緒に遊びました。


子供中心がパパの喜び。

因みに、娘はパパの事を「パパちゃん!」

と言う。

それがまた可愛い。




夕方は二人で銭湯に行きました。

当日の日替わり湯は、りんご湯で、

赤色のお湯を気に入ったのか、

りんご湯ばかり入り、折角のスーパー銭湯の意味は無かったけど、

娘が喜んでいたので、良かった。


お風呂上りは髪の毛をブローしてあげる。

娘の髪を乾かしていると、

隣でみていたオヤジは、何故か笑っていた。

微笑ましく思えたのか、親馬鹿と思えたのかは、

わからないけれど…

オレンジジュースをのんで、帰りました。

娘は、また行こうねって、言ってくれました。


娘の幼稚園が決まりました。

2ツ受けて、両方合格。 

どっちがいいと言う価値観はないので、

どちらでも良かったけど、

とにかく、

娘の幼稚園の制服を早くみたいかな。


楽しみにしている様で、

娘の楽しむ顔が喜びである。

8月9日の夜中に生まれた。

出産後、なかなか抱かしてもらえず、長いな~なんて言っていた意味が,

今になるとわかる。

助産師さんや先生は、動揺していたんかな?


その産婦人科でも始めて経験したと言っていた、5番染色体異常の子供。




何も解からず、「猫みたいに泣くな~」って、嬉しそうに言っていた自分のこと。

誕生を喜んでいたけど…


どん底に落とされたのが本音。

でも、



愛琉には何の罪も無く、責任なんて無い!

嫁さんにも罪がなくて、


神を恨みました。  罰当たりなんて、どうでもいいと思った。


神様はそんな事をしないと思っていいたけど、

これが事実だから仕方ない


恨んで、恨んで、

裏切られたと感じた。


宮参りも、お祭りも行こうとしなかった。

神様を信じたくないのだから、行ける訳が無い。


冒涜した人間は立ち入りできない。





生まれて直ぐに、障害の事がわかった訳ではなく、不安と少しの情報から、

調べていった。


病院では、染色体異常の検査を進められた。

聴覚の異常も言われた!


また、他の特徴として、

手の平の猿線と、目と目の乖離。、

弱いミルクの飲み方、 ねこの様な鳴き声、


それらの事から、大きな病院での血液検査を告げられた。

ここまで来れば、裏付けがは有るから、言われてるのだろう。





8月の盆休みは色んな図書館に行った。

酷い現実を知らされる!

愕然とさらされた。 

夢見た、息子とのキャッチボールなんて出来ない。

跡取り息子と喜んでいたのに、

自立、会話、そして、歩行すら大幅に遅れる成長になるなんて…


ハッキリ言って、死産よりも残酷と感じた。


この子の人生は明らかに、不憫だ。

自分では理解できないかも知れないのが、

それが、可哀相でならない。 

娘にも、申し訳ない。 

将来的に、色々な壁も苦難も、

出てくるだろう…



この現実は、、
自分への罰なのか?

僕が何を神に叛いたのだろう? 

もしかして、どこかで障害を馬鹿にしてしまっていたのか?

その罪なのか?
とにかく、こんな事になるほど、

悪党ではないと

思っていた。


認めたく無かったけど…




図書館で、障害と染色体異常の本を片っ端から見た。

現実を理解していき、

途轍もない悲しみに襲われ、

涙を堪えるのが必死だった。

トイレへ駆け込んで、涙を流してしまった。

親父に涙を流すのは、親が死んだ時と言われていたのに…


嫁さんも家で不安を抱えながら、

待っているだろう。

辛いだろうから、少しの涙で、堪えた。       


情けなくて、笑える。



お盆には恒例の高校野球がやっていて、

ファンモンの曲、  「あと少しだけ…」のフレーズが何度もこだまして、

忘れられない時間。

胸を締め付けられる思いを、いっそう悲しくさせたけど。



お盆休みは長く、長く、感じた。


事実を嫁さんに話すと、

涙をながした。


そして僕も涙を流した。


初めて嫁さんの前で…


二人を見た、娘は 「どうしたん?」って言っていた!

まだ、言葉も少ししか知らないのに、何かを感じたんだろう!

生まれる希望と未来の為に

あんなに、悪阻もがんばって

陣痛も耐えたのに… 


仕方ない!  責任なんて誰にも無い。 




楽しいはずの盆は

過去の出来事で、

昔の思い出だけしか残らなくなってしまった。



それよりも、

これからの試練を覚悟し、

暗い未来だけを見てしまっていた。





愛琉に対して、殺人と心中を考えた。


最初は殺そうと思った。

自立できないし、愛する事もできるのか?

何の為に生まれてきたんだろうと…



将来の介護を、娘にさせたくない…

でも、親がいなくては、生きていけない。


重度の知能の遅れがあるのは、

致命的であり、自立なんてあり得ない。





少し日が経ち、感じたのは、


愛琉はそんな事は解らないし、

何の罪も無い。当たり前だけど…



だから、一緒に死んであげるのが、親としての責任と思った。

間違っている指摘はあるだろうが、その時僕の答え。

それは僕の偏った考えだけど、

その時の自然な気持…


そして自分を追い込む… 

孤独になり、自分で背負っていこう

でないと、死ぬ勇気なんて出ない。

恐らく、瀬戸際もあったのだろう…


偶々、同僚の自殺が有り、

その思いが少し

閉ざされたのかも知れない…

その時の頭の中は白くて、思い出し難い。




いつも思うが、

同じ境遇の人じゃないとわからないと思う。


なんの壁も無い人は、

助ける事を喜びと感じたり、

優位な立場だから、優しく出来るのだと…

人生に拗ねた考え方かも知れないが、

僕と同じ立場になれば、どう生きるのか…

命の大切さを、自分にも貫ける意志があるのか?

強い意志を貫き、立ち止まらずに、邁進出来るのか、

疑問に思った!


だから同じ境遇でないと、解らないと思う。






震災にあった東北の方の気持ちはどうなんだろうか?。


日本は一つ!

心は一つ!

みんな仲間!

頑張ろう!

とは言うけれど…




そう言う人が全てなんだろうか?

その人の時間や、色んなもんを捧げてでも、

本当に助けてあげれるのか?


大切な事を犠牲にしてでも、

支えてあげれるのか?

安易な優しさは不要だ。

薄っぺらい気持ちは、その人を傷つけてしまう。

言葉よりも行動がいい。

不器用でも、心が伝わる。


それでも何とかしたい言ってくれる人が、

生きてくる言葉と思う。

 


そんな、自分の考えが、世間との隔たりを生み、

世間との障害をつくってしまっている。






愛琉が生まれて、可愛いと思う時もあるば、暗い気分になる時も有る。

正直な気持ちだ。


誰かが僕を奮い立たそうと、

息子の障害を、気にする事など無いよとか、

他の子とそんなに変わり無いよと言っても、


明らかにに、違っている!


安易な言葉は止めてもらいたい。


現実に打ちのめされても、

がんばろうとしているだから…



それでも、心が折れてくる。


可愛がってあげなくてはと、努力しようとしている。

努力する事では無いのに…


これが根本的に不自然な事。





生後1ケ月ぐらいのとき、会社から帰ると、

また猫のように泣いている。

その声が嫌になり、拒絶していた時もあった。

目を合わそうとしない時もあった…

失格な親だと思う。




1年もたてば、もう少し大きな気持ちになれるのかと思っていたけど、

どうなのかは解からない…


悲しみが慢性化していて、

慣れてきた感じもある。


率直に、

楽しい気分なんて、

自然にも、意識的にも慣れない。


最近は、昔の事ばかり思い出す様になった。

楽しい過去ばかりを思い出す。

未来を見れず、過去の思いだけが、

浮かんで来る。



そんな事思っても、

仕方ないんだけども…

未来を夢見る余裕は無く、今を生きる事。


今を取り崩すと大変な事になってしまう気がする。


自分が不安定な時があっても、

愛琉を可愛がってあげるのが、

使命と思う。
















それは、愛娘がかけがえのない、宝物だと言うこと。


生まれた時の可愛い愛情から、

いつの日からか、僕の命になった事。


こんなに可愛くて、愛おしくなってきて、

それだけが、今の支えであると思う。


この先、何年同じ生活を共に出来るのか、解らないけど、

その期間が重要なのではなく、短い期間っただとしても、

大切な日々になるんだと思う。


生まれた事の喜びと、奇跡を大切したい。




泣いていたり、拗ねたり、寝ているときも、いつも癒される。


だから、パパは心が癒され、仕事の励みになり、

頑張る事ができる。


今の生活に無くてはならない存在。




喜ぶ顔を見たくて、遊んであげたい。

出来れば、悲しい顔も見たくないけど、

教育の事を考えると、そういう訳にはいかないかも…


可愛い rinon はパパの宝であり、命です。


命よりも大切な子。












































昨年の7月頃まで。

2、3ケ月だけだけど…


気持ちは今回と変わらず、

ゆっくりと続けて行くつもりだったんだけど…





8月に、時間が止まった。 重大なことが起こった。

そして暫らく自分は死んでいた。


気持ちが、前に向かなくなり…

何もかもが辛かった。



8月9日は息子が生まれたんです。

こんなおめでたい話だったんだけど…


障害を持ってしまった…

誰のせいでもないから、 何処に悲しみと、怒りを持って行けばいいのか…


当然、息子には何の罪も無く、生まれてきたのに…

親として、生まれてきた事を、喜んで上げれなかった。




これから、何を書いて行くか… 

娘に対して、

息子に対して、

嫁さんに対して、


愛情の気持ちと、自分の日記を交えて、


書いていきたいと思う。




どんな場所でも、

率直に感じた事を、綴りたかったので、

ブログにしました。


だから、素直に表現して行こうと思う。


そして、愛娘に残して生きたい気持ちもあったので…。



少しづつ、書き留めて行きたいと思います。