脱力感とともに、沸々と言いようもない怒りのようなものが
沸き上がってきた。
そんな簡単に離婚に同意できるなら
どうして、結婚なんかしたんだ
娘達がどうなるか・・・一片たりとも考えたことがあるのか
慰謝料、養育費・・・どうするつもりなのか
ありとあらゆる不満がどす黒い渦のように、
自分を捕えていった。
いますぐにでも問いただそうと思った。
目の前の夫は相変わらず、肩を落とし俯いている。
その肩を掴んで「いったいどうするつもりなのよ」と
揺さぶりたい衝動に駆られたが、
場所が場所だけに、躊躇する。
それと同時に、そんなことをしていったい何になるんだろう?と
自分に問いかけた。
私は、「本当は、離婚なんかしたくない」と
「申し訳なかった・・・ただの遊びだった」と言って欲しいのだろうか?
そう思い立ったところで、自分がひどく惨めで情けないような人間に思えてきた。
自分は縋りたいの?
いや違う。
と千賀子は思う。
こんな人間と長年暮らしてきた自分の愚かな行為を少しでも
慰めたいだけだ。
そう、考えるとなんだか落ち着いてきた。
さて、そろそろ子ども達も心配しているだろう。
実家に帰られなくては。
これからのことを考えると、真っ暗な闇しか見えなくて
足がすくみそうになる。
でも・・・
母親が足がすくんでしまったら、娘達はどんな思いをするだろうか?
負けるものかと思った。
千賀子はゆっくり立ち上がり、
「話はそれだけ。」
というと自分の分の会計を置いて、
外に出た。
温泉町の夜は早い。辺りは大分暗くなっていた。
私は、タクシーを拾うためキョロキョロした。
「千賀子・・・」
会計を済ませたらしい夫が追いかけてきた。
「ちょっと・・・待ってよ。」
私は何も答えなかった。
「ちょ・・ 早まらないでよ。」
私は、無言で夫のを振り返った。
「・・・こんなことになってさ・・・・本当にすまなかった。
離婚っていうのは、ちょっと待ってくれないかな。
その、娘達のこともあるから、俺らだけでっていうのは」
「待ってどうするの?」
「その・・・・、なんとかするからさ。」
ちょうど、タクシーが走りこんでくる。
千賀子は手をあげて、止めた。
「じゃ、なんとかしたら?」
というとタクシーに滑り込んでさっさとタクシーを走らせた。
決して後ろを振り返らなかった。
涙も出なかった。
それよりも、これからの生活の算段を千賀子は考えはじめていた。
携帯が低いバイブレータの音をたてたが、その相手が夫だと
わかると静かにバッグに戻した。
駅では、すでに洋子が待っていてくれた。
ほんのさっきまで一緒だったのに、とても懐かしい気がした。