
木ではなく、森に考えをはせる。
物事を細かで分けずに、大雑把に感じてみる。
体もそうだし(全部つながってるという意味)、思考も知識も、そうして、大きく見てみると、気づいて、ハッとすることがたくさんある
好きでたまたま手に取る書籍や情報、どこかで感じたことや、もやもや思っていたことを繋ぐと、心にストンと落ちるものがありました。
それが、本当の真実かそうじゃないかなんて、全然重要じゃない。、、、ということにも気づきがあった
たまたま見た、やりすぎ伝説というテレビ番組は、とてもとても面白かったの。
元々、都市伝説を紐解いていく内容の番組です。
普段どんな番組かあまりわからないけど、今夜放送のは、もう一度初めから見たい。
ほんとに何を信じて信じないかは人それぞれ。
実際に目で見えてたり、想像できたりする範囲の中で考えて、生きるのか。
その範囲って、大きそうで、でも実は世界のたった欠片の部分。
今の私達が知り得るのは、その欠片を集めたもの。だから、その先の想像は、違うかもしれないし、方向があってるかもしれない。
何をしたいか、どんな風に向かうか、自身で腑に落ちることをする。
世界は想像を超えて、無限に大きくて、人一人の人生は有限。というか、解ることが有限。
神(神と言われる像)に口がなかった。テレパシーを使ってただって。
それをテレパシーと呼ぶかどうかはさておき、言葉以外の伝達方法はたくさんあると思うよ。だから、全然不思議ではないです。
地球を覆う植物がそうだし。
テレビ見たあと、ひっさびさに電話でエキサイトしました
最新科学も天文学も歴史も医学(いわゆる東洋医学も西洋医学)も、分けずに全部ごっちゃまぜにした方が、見えるものがおもしろいんですね。分けること自体が違うものね
未来は未知で恐いものでもあるけど、やはりわくわくし過ぎる
この流れを作った人達が、何をしてきたのか、ヒントが散らばってる
今日は細胞レベルで震えて眠れなそう!
だから、、
のーびーのーびー。それも私にとっては腑に落ちるんです。