Kオジサンのウオーキングと山歩きの記

Kオジサンのウオーキングと山歩きの記

山が好き、花が好き、そして自然が好きです。
1994年頃 山の知識がない時代に東海自然歩道を歩き始めました。
それが今日まで続いていて、山歩きやウオーキング、街道歩き等を重ねています。

弐水会の5月例会です。
奥三河の設楽町に位置する鞍掛山へ行って来ました。登り始めたのは新城市鳳来町の四谷千枚田からです。(かつては南設楽郡鳳来町だったのですが、合併して新城市になっています)
四谷の千枚田展望台から県道32号線、仏坂トンネルへ。鞍掛山登山口から仏坂峠、771ピークを経由して鞍掛山の山頂へ。
下山は山頂からかしやげ峠を経由して展望台に戻りました。


風媒社発行「こんなに楽しい愛知の130山」から引用しました。
千枚田の解説板が有ったのが四谷の千枚田展望台です。展望台に駐車場が有ります。それにトイレが完備していました。
東海自然歩道の看板となっているが指示標識と表現すべきではなかろうか。

この本は1999年発行となっています。25年以上前の本です。本が発行された時にはトイレが無かったかもしれない。



四谷の千枚田展望台からの眺望です。
もう田植えが終わっていました。



展望台に設置して有った千枚田の解説板です。



展望台から県道32号線へ出てきました。
道の角に東海自然歩道の指示標識が設置して有りました。
仏坂トンネル 1.5km 30分⇒ と表示していました。



路傍で見かけたマルバウツギです。



県道32号線を歩いています。


仏坂トンネルの手前、短いトンネルです。



短いトンネルを抜けると鞍掛山の登山口です。
駐車場が有りました。
鉄の階段を登って行きます。
東海自然歩道の指示標識があります。
⇐神田集落 4.0km  100分 四谷集落 1.5km 40分⇒  となっていました。
経年劣化で読み難くなっています。



歩き易そうな道、旧振草街道です。
昔の街道のように見えました。
この道の様子から、かつては馬に炭俵や米俵を背負わせて往来したのではなかろうかと想像しました。
峠を越えるのに難儀したのでしょう。



仏坂峠へ来ました。
馬頭観音の石碑。
石碑の土台には文政四年となっていますが、石碑の右側は大正の年号が刻まれています。
大正期に新しい石碑に替えたのだろうか。
すぐ近くには役行者の石碑が有りました。
その他に四角い石碑や馬頭観音像が有りました。
想像ですが、行路病死者が有り弔っているのかも知れない。



峠から急登を歩いて来て、急な下りです。
ロープが有り助かりました。


急な下りを過ぎて、来たのがこの場所。
直進してしまいました。
木の幹には直進せずUの字に進むよう貼り付けて有りました。
参考本には鋭角に戻るように下ると書かれていました。


杉林の中を歩きます。



鞍掛山の最高点888mを過ぎて東海自然歩道の分岐へ来ました。
このまま進めば鞍掛山の山頂へ向かいます。
左に折れると、かしやげ峠を経由して千枚田展望台へ出ます。



杉林の中を歩きます。
この辺り、歩き易いコースです。




鞍掛山の三角点です。枝打ちされた杉で隠れています。
天竜奥三河国定公園の標識が立っていました。
この横にあずま屋が有りました。
屋根が崩落したあずま屋。東海自然歩道が出来た時に設置されたのではなかろうか。
経年劣化した建物。再建する必要が有るのではなかろうか。




椅子とテーブルが設置された休憩所です。
 

国定公園の標識が有る場所で全員写真を撮りました。
写真を撮っていた時、岩古谷山方面から黄色いスニーカーを履いた若い男性と同行の女性が登ってきました。
まるで全員写真のシャッタ―を押すために現れたと言うタイミングでした。
頼むと快諾で応じてくれました。
2人は軽装でした。
黄色いスニーカーが印象に残っており、私たちが車で進んで行く時に自販機で飲み物を買っているのを目撃しました。
山頂で出会った時に何処から何処までを踏破するのか聞けば良かった。





山頂から戻ってきました。
分岐からかしあげ峠に下山して行きます。



民家の下を通っています。
東海自然歩道の標識があります。
その下は竹林です。



四谷の千枚田展望台へ下山してきました。


田植が終わった千枚田。
田に水が張ってあるが、早苗が細く田植えが終わったのか否か、シッカリと見ないと分からない状態でした。


最期に
東海自然歩道を踏破して鞍掛山に登りましたが、仏坂峠から鞍掛山までのコースは東海自然歩道では有りません。起伏が激しくキツいコースでした。
でも、周回コースを辿ることが出来、面白いコースだと思いました。