元治元年七月二十日ーー。
きしりと深く、身を抉(えぐ)る縄。
四肢は無残にも砕かれ、くちの中はひどく渇いて錆びた鉄の味がした。
「ーー急げ! 火の粉がまわってくるぞっ!」
「この機に乗じて長州の奴等が攻め入ってくるやも知れん! 誰ひとりとして逃がすな!」
鬼気として捕まった者たちを牢から出し、
きしりと深く、身を抉(えぐ)る縄。
四肢は無残にも砕かれ、くちの中はひどく渇いて錆びた鉄の味がした。
「ーー急げ! 火の粉がまわってくるぞっ!」
「この機に乗じて長州の奴等が攻め入ってくるやも知れん! 誰ひとりとして逃がすな!」
鬼気として捕まった者たちを牢から出し、
流れ作業のように首を順に落としてゆく役人たち。
罪人たちは皆、判決が下りぬままの処刑を不当と訴え、
ある者は覚悟に澄んだ強い眼差しを前方へと向け、またある者は自身の末路から必死に逃れようともがき、咽び嘆いていた。
役人たちの不条理かつ人離れした無慈悲な怒声、
罪人たちの詠みあげる鉄を裂くような魂の辞世の句。
そして噎せるような血のニオイーー。
志を共にした我が同胞たちが京に火を放ったのか、辺りにはくすぶった煙の香が漂っていて、
美しくも愛した京の街並みが舐めるような赤い炎に包まれてゆく様が、哀しく脳裏に霞浮かんだ。
長州間者の元締めとして身を捧げてきた生涯。
より良いお国の為、
より良い明日の為。
そう生きてきた己の信念に悔いはない。
"死"は常に"生"の隣りに柔く寄り添い、
"死"がすべての終焉ではないということを、私は深く刻み知っている。
死ぬことが不幸だと、誰が決めたのか。
固し血束の意志は受け継がれ、
熱く生きたし御霊は故郷へと帰す。
なんも恐いことはあらへん。
例えこの身は討ち尽きようとも、
永遠(とわ)の自由を得た己が魂は一切の罪枷から解き放たれ、空となり風となりて何処にでも在ずる存在と相なれよう。
「ーー次っ! 古高俊太郎!」
ヒュン……ッと刀の血を払う風切りの音が耳を掠め、己の最期を肌で感じた。
「……なんや、辞世の句を考える時間すら与えてもらえへんのどすか?」
歌はええ。
決してくちには出せぬ秘めたし心の内を、
ほのかに色づく桜のように鮮やかに香り立たせてくれる。
「詠ませてもらえるだけで有難いと思え!
罪人たちは皆、判決が下りぬままの処刑を不当と訴え、
ある者は覚悟に澄んだ強い眼差しを前方へと向け、またある者は自身の末路から必死に逃れようともがき、咽び嘆いていた。
役人たちの不条理かつ人離れした無慈悲な怒声、
罪人たちの詠みあげる鉄を裂くような魂の辞世の句。
そして噎せるような血のニオイーー。
志を共にした我が同胞たちが京に火を放ったのか、辺りにはくすぶった煙の香が漂っていて、
美しくも愛した京の街並みが舐めるような赤い炎に包まれてゆく様が、哀しく脳裏に霞浮かんだ。
長州間者の元締めとして身を捧げてきた生涯。
より良いお国の為、
より良い明日の為。
そう生きてきた己の信念に悔いはない。
"死"は常に"生"の隣りに柔く寄り添い、
"死"がすべての終焉ではないということを、私は深く刻み知っている。
死ぬことが不幸だと、誰が決めたのか。
固し血束の意志は受け継がれ、
熱く生きたし御霊は故郷へと帰す。
なんも恐いことはあらへん。
例えこの身は討ち尽きようとも、
永遠(とわ)の自由を得た己が魂は一切の罪枷から解き放たれ、空となり風となりて何処にでも在ずる存在と相なれよう。
「ーー次っ! 古高俊太郎!」
ヒュン……ッと刀の血を払う風切りの音が耳を掠め、己の最期を肌で感じた。
「……なんや、辞世の句を考える時間すら与えてもらえへんのどすか?」
歌はええ。
決してくちには出せぬ秘めたし心の内を、
ほのかに色づく桜のように鮮やかに香り立たせてくれる。
「詠ませてもらえるだけで有難いと思え!
そもそもこの大火は貴様が招いたものであろう! ……早く連れてこいっ!」
ぐいりと引かれて硬く軋む縄。
ちくりと痛む冷えた腹の底。
ーーそうや、
この大火はわてが招いたものかも知れへん。
わてが捕まったせいで、どれほど多くの尊い同志たちの命が心半ばに散っていったことか……。
すべては、わてのせいや……。
「早く歩けっ!」
重い三衣袋のように引きずられ、
動かぬ脚をただただ前へと押し出す。
もう、痛みは感じへん。
恐怖も、空虚も、とっくに通り越した。
わてに残されたもんは……。
『ーー俊太郎さま』
遠くで聴こえる喧騒の中、
微かに聴こえるは己が生んだ幻想か。
「…………あぁ」
不意に見上げた暁の空、
ぐいりと引かれて硬く軋む縄。
ちくりと痛む冷えた腹の底。
ーーそうや、
この大火はわてが招いたものかも知れへん。
わてが捕まったせいで、どれほど多くの尊い同志たちの命が心半ばに散っていったことか……。
すべては、わてのせいや……。
「早く歩けっ!」
重い三衣袋のように引きずられ、
動かぬ脚をただただ前へと押し出す。
もう、痛みは感じへん。
恐怖も、空虚も、とっくに通り越した。
わてに残されたもんは……。
『ーー俊太郎さま』
遠くで聴こえる喧騒の中、
微かに聴こえるは己が生んだ幻想か。
「…………あぁ」
不意に見上げた暁の空、
白みはじめた彼方の明日に一羽の鳥が羽ばたき、
名残惜しげに瞬く星々が薄闇へと消えてゆく。
そのすべてが愛おしく、
微かに零れたるるは安らかなる愁眉開きしほころびーー。
ーーあの子はうまく逃げられたやろうか?
いつもみたいに無茶をして、怪我なんぞしてないやろうか?
「……待ってておくれやす。
……今、行きますよって」
枯れ果てた荒地に芽吹いた一輪の花。
わてだけのかいらしい、花つぼみ。
あんさんに出逢えて、
白と黒しかなかったわての世界は彩々と色づき、
春の木漏れ日のように甘く、柔く、ほわりとした優しさを知ることができたんや。
死の間際にこんなにも心穏やかに、幸福になれるやなんて……。
『ーー俊太郎さま』
甘えた子猫のような声が不安げに私を呼ぶ。
ーー泣かんでええ。
わてならここに居ります。
ずっと、ずっとずっとあんさんの傍に……。
「膝をついて頭(こうべ)を下げろっ!」
血溜まりのできた砂地に重々しく痩せこけた膝をつき、恭しく頭を下げる。
視界の隅には首と斬り離された胴体がごろりといくつも転がっていて、
自分の身もそこへ積まれるのか、と
思わず乾いた失笑が漏れた。
かまへん。
この身体は所詮、魂の入れ物にしかすぎへんのやから。
『ーー俊太郎さま』
「……へえ、待ってておくれやす」
野を越え山を越え、風となって逢いに行きます。
そして自由になったこの身であんさんを抱きしめ、子猫のように甘やかすんや。
ーーわては、幸せどした。
あんさんに出逢えて、ほんまに良かった……。
ふわりとぬるい風が髪をくすぐり、
閉じたまつ毛を優しく撫ぜる。
頼めた義理やないけんど、
もし神さんがほんまに居るのなら……。
ーーあの子はうまく逃げられたやろうか?
いつもみたいに無茶をして、怪我なんぞしてないやろうか?
「……待ってておくれやす。
……今、行きますよって」
枯れ果てた荒地に芽吹いた一輪の花。
わてだけのかいらしい、花つぼみ。
あんさんに出逢えて、
白と黒しかなかったわての世界は彩々と色づき、
春の木漏れ日のように甘く、柔く、ほわりとした優しさを知ることができたんや。
死の間際にこんなにも心穏やかに、幸福になれるやなんて……。
『ーー俊太郎さま』
甘えた子猫のような声が不安げに私を呼ぶ。
ーー泣かんでええ。
わてならここに居ります。
ずっと、ずっとずっとあんさんの傍に……。
「膝をついて頭(こうべ)を下げろっ!」
血溜まりのできた砂地に重々しく痩せこけた膝をつき、恭しく頭を下げる。
自分の身もそこへ積まれるのか、と
思わず乾いた失笑が漏れた。
かまへん。
この身体は所詮、魂の入れ物にしかすぎへんのやから。
『ーー俊太郎さま』
「……へえ、待ってておくれやす」
野を越え山を越え、風となって逢いに行きます。
そして自由になったこの身であんさんを抱きしめ、子猫のように甘やかすんや。
ーーわては、幸せどした。
あんさんに出逢えて、ほんまに良かった……。
ふわりとぬるい風が髪をくすぐり、
閉じたまつ毛を優しく撫ぜる。
頼めた義理やないけんど、
もし神さんがほんまに居るのなら……。
このわての切たる想いをあの子に届けて欲しい。
あの子が泣かへんように
あの子がわてを追わんように
永遠(とわ)に永遠に、傍に居ると。
わての魂はいつも、あんさんを抱きしめておると……。
カチリ……と刀を返す音が冷たく響き、そよぐ風へと想いの丈を乗せるーー。


