最近、父親と酒を飲む機会が増えた。
20過ぎてから、父親と酒を交わした記憶はほとんどなかった。
親戚の集まりなんかであった程度。
それまでは、ほとんどすれ違いの生活だったし
家でも飲みながら語る事もない。
20を越えて…4年半経って、ようやく酒を交わす。
親子としての会話というより
それは男同士の会話。
55まで自営で運送業をやってきて30数年。
それまでの間、潰す事なく子供3人を育てあげた功績は
一人の人間として、凄まじい物を感じる。
飲みに行けば、人に金を出させず自分が全て支払い。
途中は、病気で生死を彷徨う事もあれば
大事故で、顔を見ることが出来ないような事もあった。
その苦労は、子供心ではわからなかった部分が
今やっと身に染みてわかる事もある。
時代が違う。と言ってしまえばそれまでだが
同じ事をやってみろと言われれば、それは出来ない。
それまでの俺は、反骨心の塊で
絶対に親を越えてやる。の人間だった。
その仕事にも魅力を感じないし
力と収入が勝れば、親を越えると思っていた。
しかし、それは大きな間違いだと最近気付いた。
父親について行けば、いろんな人に会う。
その度に、近藤さんとこの「息子」と扱いを受ける。
当時はよくは思っていなかったが
今では、その繋がりがすごいブレーンと化している。
父親ネットワーク・人間関係の広さ、人柄、
そして信用度の厚さを感じた。
必要なのは、力と収入、それ以外にも沢山あることを思い知った。
親にしてみれば、自分の子供と飲むのは夢だと思う。
そして子供に尊敬されるのは、親として感無量の事。
それが叶わない人は沢山いるし、沢山見た。
育て方は間違っていないけど
その大切な部分に気付くのが早いか遅いかの違い。
親孝行とはなんなのか?
親に何かをしてあげるのがそうだと言うのもあるし
一概には言えない。
やってもらった事を、自分の子供にやろうとしても
なかなか出来ない事に気付く。
その時に、親の偉大さに気付くと思う。
他人に言われるより、自分で気付く事の難しさ。
いなくなってから初めて分かるのかもしれないね。
今は60になって、5年前に運送業を撤退し
会社を再び興そうとしてるけど
5年間凍結していて、その間は法人税を払い続けていた。
会社を残しておくのには、金がかかる。
周りの人に、
「なんで株式会社を残して無駄な税金を払い続けてるの?」
なんて聞かれる事がよくあったという。
その都度、父親は
「息子の為に株式会社を残してるんだ、息子に賭けてるんだ」
と言った。
10個上の兄貴には期待はしてない。
次男の俺に期待をしてくれてる事。
父親は本気なんだ。
だから、俺も今以上にもっと本気にならなければいけない。
死ぬ気でやったって、死ぬ事はないんだから。
「俺は間違った育て方はしていない」
「人に迷惑をかけるように育てた事はない」とよく言う。
間違った事をすれば、すぐにわかる。
何が良くて悪いのかも、全て判断できる。
俺は社会で本当に必要な教育を受けたと思う。
60過ぎても戦い続ける父親を、俺は必ずリタイアさせたい。
父親にもプライドがあるから、何かしら仕事は続けると思う。
生活を考えないで出来るように俺が必ず楽をさせてやる。
今の仕事でうまく行かないときに、相談してくる父親がいる。
俺がアドバイスをすると、息子の言葉に納得したくないから
決してイエスとは言わない。
相談を持ちかけたところで、俺との能力の差は縮まってると思う。
俺と同じ年齢の父親と会ってみたいものです。
新しい事を始めると、敵だらけになるのがこの世の鉄則。
でも俺を応援してくれる人の為にやるだけ。
そして何倍も恩返しをする事に努めるのみ!