台湾初心者必見!基本情報から最新情報までお届けブログ!! -2ページ目

台湾初心者必見!基本情報から最新情報までお届けブログ!!

台湾へ観光へ来られる方へ観光地の行き方や現地のマル秘情報など
快適な台湾旅行を送れるよう有益な情報をどんどん公開していきます!

実は市内のバスに乗ることは
台湾人からしても大変なことなのです

台北は特に往路と復路のバス停が
全く違う場所にあったり
急にバスの通る道順が変更になったりと
かなり厄介です

加えてバスの種類によっては1時間に
1、2本しかなかったり時刻表があるバスも
時間通りに来なかったりと難点があります

そのため路線や駅が増えたMRT(地下鉄)の方が
現在は使い勝手がいいと言えます

それでもまだ地下鉄でカバーしきれない場所や
バスの方が通いやすい場所も多くあります

そんな時に市内バスは便利になりますので
その乗り方を紹介します!


台北のバスの種類


台北のバスは番号や色などで種類がわかれていて
それぞれ行き先や経由する場所、
本数の多さ、運行時間などが違います






バス停


バス停には車道に白線で「公車専用」の文字が
書かれていて、そのほかにバス停の名前を書いた
ポールなどが立っています









ポールに書いてある数字は停車する
バスの番号になります

バスの路線図


ポールには各バスの路線図が貼ってあります



路線図にはどちらの方向に進むかと
それぞれ停車するバス停の名前が書いてあります

まずはやじるしの向きを確認して
そのバスの向かう方向に自分の
行きたいバス停があるのかを確認します

現地の人でもここを怠ってしまい
逆方向のバスへ乗ってしまうことがあります・・

方向の確認できたらバスを待ち、
来たら必ず手を上げて止めます
※タクシーを呼ぶ時と同じ要領です

手を挙げなければ乗車希望者がいないとみなされ
バスは素通りしてしまいます

運賃を支払うタイミング


バスに乗車したら次に確認するのは
運賃を支払うタイミングです(乗車時or降車時)

確認の仕方は運転手の上部にあるパネルを見ます



写真の場合は「上車収費」と書かれていますので
乗車時に運賃を支払ます

下車時の場合は「下車収費」と書かれています



支払いのタイミングはバスによって違うので
それぞれ乗車時に確認をしましょう

また、一定の区間を越えると運賃を
2回支払う必要があります
乗車時と降車時でそれぞれという感じです

最大で三回まで支払う必要がある場合がありますが
これはかなり特殊なケースなので基本的には
最大で2回支払う可能性があると思っていてください

運賃の支払い方


運賃は現金でも悠遊カード(easy card)でも可能です

現金で支払いをする場合は1回につき15元です
なので2回支払う場合は乗車時に15元、
降車時に15元で計30元必要になります

小銭がない場合は両替ができませんので
20元や50元など大きいお金を入れるしかありません

なので悠遊カードを使う方が
小銭を用意しなくていいのでとても便利です
※学生や高齢者のカードであれば割引されます



降りる時は


降りるときは日本のバスと同じように
下車鈴を押してバスを止めます

各バス停が近づくとアナウンスが流れ
バスの中にある掲示板に
次のバス停の名前が表示されます

降りたいバス停の名前が表示されたら
下車鈴を押します

※中には掲示板に何も表示されず
アナウンスも一切ないバスもあります・・

その場合は早めに降りるか運転手に
自分の降りたいバス停で止めてもらうよう
伝えておく必要があります

筆談をするなら以下の文章を見せて下さい

「到○○時候告訴我」
○○に降りたいバス停の名前を書いて下さい





以上でバスの乗り方から降り方までは終わりです

その他の注意事項


その他にもバスは注意すべきことがたくさんあります

・バスの運転が荒い
日本では考えられないほど蛇行や
急ブレーキ、急発進をするので
立つ場合は必ず手すりをつかみましょう

・バスの運転手が不親切
アナウンスが表示されない時に
降りたいバス停で止めてほしいと言っても
軽く聞き流されることがあります

それどころか下車鈴を押しても
タイミングによっては止まってくれないことや
手を上げても気づかず素通りされることもあります

・いつまでたってもこない
だいたいのバスは15分~20分に1本
(通勤や帰宅ラッシュの時間は10分~15分)
くらいのペースで来るのですが
タイミングが悪いと3、40分近く待つ時があります

・バス停から目的地が遠い
中には地下鉄の駅名がバス停の名前になっている
場所もあるのですが、実際にバス停から駅までは
徒歩で10分ほど離れた場所にある場合があります
行ったことないバス停は注意が必要です

・同じ番号のバスでも複数の種類がある
例えば214というバスには214だけの表記のものと
214直達と書いてある2種類があり
それぞれ通過するバス停や行き先が異なります

他にも夜間、区間などの種類もあり
こちらも同様にそれぞれ行き先が異なります

・往路と復路が違う
たいていのバス停は道路を挟んだ向かい側に
逆方向行きのバス停がありますが
台北には往路と復路で全く異なる場所を
通るというバスがあります

そのため下車したバス停の向かいではなく
全く違う場所から復路のバスにのるという
パターンもありますので注意してください

以上がおおまかな注意事項です

基本的にはある程度台北に慣れて
土地勘ができてから乗ることをオススメします

もし変なところに行ってしまったら
迷わずタクシーを使いましょう!

―――――――――――――――
何か具体的に聞きたい質問などありましたら
お気軽にメッセージかコメントでご連絡下さい

名前を伏せて公開させて頂く可能性もありますが
親身にお答えいたします
―――――――――――――――

台湾の3大国神の1人
鄭成功に関して紹介します

彼は父が漢民族で母が日本人のハーフです
幼少期は日本の平戸(長崎県)で生まれました
そのため『福松』という日本名もあります

その後7歳まで日本で過ごし
以降中国大陸へ渡ります

父の鄭芝龍は貿易商を営んでいましたが
同時に武力も有しており福建省付近で
最大勢力の武装商団になっていました

そして時代は明朝の末期にさしかかります

満州人が独立して金(後金)を建て
そして清朝へと変わります

勢力は徐々に大きくなり中国大陸を
支配するようになります

そんな時に鄭芝龍は明朝の王族である
朱聿鍵を擁立して明朝の再興を目指します

朱聿鍵は帝位を継承して隆武帝と名乗りました

そんな折、鄭芝龍の紹介で鄭成功は
隆武帝に謁見をします

隆武帝はひと目で
「自分に娘がいないのが残念だ」
というほど気に入りました

その代わりに自分の苗字である
「朱」を名乗っていいと許可されます

つまり自分の一族になってほしいくらい
気に入ってしまったということです

しかし、鄭成功はあまりに恐れ多いので
絶対に「朱」の苗字を名乗りませんでした

それでも周囲の人達は
国姓(君主の姓)を賜った若旦那ということで
「国姓爺」と呼ぶようになります

そして明朝の臣下として国の再興のために
清朝との戦いに身を投じます

ただ、父の鄭芝龍は清朝に降ってしまい
親子の縁は断ち切れてしまいます

そしてその後清朝に攻められ
大敗を喫し隆武帝も捕らえられ
隆武帝は絶食して自殺してしまいます

鄭家の軍隊は父の鄭芝龍のもので
鄭成功は付き従う仲間が少数いるだけで
これではとても戦はできません

そこでアモイにある鄭家の親戚を襲い
軍隊を手中に収めます

さらに日本にも援助を要求しますが
徳川幕府が鎖国を行っている時代で
主だった援助はしてもらえませんでした

ただ、その代わりに密貿易を許したり
鄭成功軍に加わる傭兵を見逃した
という話もあります

実際に鄭成功の軍には日本の鎧や刀で武装した
「鉄人部隊」という人たちがいたそうです

そして武器を揃え訓練を行い
日々清朝との決戦の準備を進めます

そしていざ準備が整い南京攻略を目指し
11万の兵を率いて(一説には25万)船で
北上をしていきました

しかし、その途中運悪く暴風雨に見まわれ
息子3人と8000人近い将兵を失ってしまい
一度引き上げます

翌年になり再度兵を率いて北上し
今度は無事に南京にたどり着きます

そしてついに南京城を包囲しました

そして敵の将からも寝返りの約束を取り付け
いざ開城を待つばかりとなりました

しかし、これは敵の時間稼ぎだったのです

降伏するが少し時間をくれと伝えておき
その間に周囲の味方に助けを求めていました

鄭成功はこれに気づかずに、
しかも彼の誕生日が前日と迫り
軍規が緩んだところを襲われてしまいます

大勢の有能な将を失いながら鄭成功は
アモイに帰還せざるを得なくなります

それでも気の収まらない鄭成功は
帰りがけに別な場所を攻めますが
そこでも敗退してしまいます

ここまで見ると鄭成功って弱いじゃん
と思うかもしれませんがそんなことはありません

アモイに引き返したあと清朝がここぞとばかりに
攻め込みますがこれを見事に撃退します

清朝は武力で制圧するのは困難と悟り
中国大陸南部の住民を強制的に内陸部へ移動させ
鄭成功軍が補給できないようにしました

これには鄭成功も困ってしまい
次に目をつけたのが台湾でした

その頃の台湾はオランダ人が要塞を築いて
台湾を植民地化し住民を支配していました

そんな状況を知った鄭成功は台湾を拠点とし
清朝へ攻め入る作戦を考案します

そして2万5千の兵を率いて中国大陸に近い
金門島、そして澎湖島へと迫り台南を目指します

進軍するにあたり当時は安平口という
大きい港からでなければ入港ができない
と思われていました

しかし鄭成功の綿密な情報収集により
年に2回だけ大満潮が起きて水かさが増す時期に
鹿耳門水道という小さい水路から進軍ができる
ということがわかりました

オランダ軍は当然安平口から来ると考え
大砲もすべてそちらに向いていました

完全に裏をかいた鄭成功軍はすぐさま上陸し
オランダ人が築いた2つの要塞を分断します

要塞はプロビンシア城とゼーランディア城といい
プロビンシア城はすぐさま降伏しました

ゼーランディア城にはオランダ総督の
フレデリク・コイエットがいて徹底抗戦の姿勢で
戦い続けました

結果、9ヶ月にも渡る長期戦となり
最終的にオランダ軍は降伏しました

そして鄭成功が台湾を支配し
承天府などを設置して本拠地とします

そこからスペイン支配下にあった
ルソンを攻略して勢力を広げようと画策しますが
台湾を支配した翌年に病死してしまいます

しかし、オランダを退けて台湾に初めての
漢民族政権を樹立した功績や台湾開発の
基礎を築いた事から今でも英雄として
祀られています

余談ですがプロビンシア城は赤嵌楼、
ゼーランディア城は安平古堡と名前を変えて
現在は台南の観光名所になっています

台南、金門島には鄭成功に関連する場所や
廟などが多くあります
そのほかアモイや福建省にも同様に
関連の施設や物が残っています

興味がある方は鄭成功を巡る旅
というのもオススメです!

―――――――――――――――
何か具体的に聞きたい質問などありましたら
お気軽にメッセージかコメントでご連絡下さい

名前を伏せて公開させて頂く可能性もありますが
親身にお答えいたします
―――――――――――――――
旅行に行くに当たり
その場所の歴史的な背景も理解していると
旅行も一層楽しくなります

そんな訳で今回は台湾の歴史についてです

「歴史なんて知らなくても楽しめる!」
という方は飛ばして頂いて大丈夫です!

ちなみにあまり細かい話はしません
ここでは大まかな背景だけをお話して
細かい話まで聞きたい方には
また別な記事で紹介をしていこうと思います


原住民の時代


まず台湾という島にはもともと
マレー・ポリネシア語派という
分類に分けられる人たちが住んでいました

このあたりはあまり重要ではないので
マレー半島やポリネシア半島などに住んでいる
人たちと同じような言語を話す人種の人が
住んでいた程度に考えてください

なにせ昔の事過ぎて
確かなことはわかっていませんので・・

そしてその人たちが独自の派閥を作り
それがアミ族やパイワン族、タロコ族など
各々特徴を持った民族に発展していきます


オランダの領有時代


そして16世紀に入り中国の福建人と呼ばれる
台湾に近い中国南部に住んでいた人たちや
日本人が台湾に移り住むようになります

時代は造船の技術が発展し各地の人たちが
海を渡って世界を往来する大航海時代でした

海には倭寇と呼ばれる日本人や福建、広東の
中国人が海賊として密貿易や略奪などを
繰り返していました

そんな中、オランダが貿易や海防の拠点として
台湾に目をつけ澎湖島という台湾の西にある
小さな島と台南を領有しました

そして中国大陸の人たちを募集して
台湾の開発を始めました

その時期にオランダ人によって
安平古堡(ゼーランディア城)と
赤崁楼(プロヴィンティア城)と呼ばれる
要塞が台南に作られました

そして同時期にスペインも台湾に目をつけ
北の港町である基隆あたりに侵攻し
淡水という現在の台北北部の観光地に
紅毛城(セント・ドミニカ城)を作りました

この3箇所は今も観光名所として有名で
一般開放されています

しかし、長い歴史の中で破壊されたり
放棄されて風化していて今の建物は
後に造り直されたり改修された物です

その後、オランダがスペイン人を排除して
台湾を占有しますが、台湾で有名な英雄の
鄭成功によってオランダ人も排除されます


鄭政権時代


鄭成功というのは中国の明朝の臣下で
明朝が清朝に滅ぼされかけている時に
明朝の再建をかけて奮闘した人です

中国南部から台湾の地へ渡り
その時台湾を支配していたオランダ人を破り
台湾を支配し拠点を作り開発を行いました

これが台湾で初の漢民族政権です

残念ながら鄭成功は台湾を開放した翌年に
病気で亡くなってしまいます

その後は息子たちが跡をついて
台湾を開発しつつ清朝と戦う姿勢を貫きますが
結局清朝に滅ぼされてしまいます

<<鄭成功をもっと詳しく知りたい方はコチラ>>


清朝時代


清朝は明朝の後に中国大陸を支配した王朝で
もともとは満州人の集まりです

元々中国に住んでいたのは漢民族で
漢民族の政権は明朝でした

つまり漢民族は満州民族に負けて
土地を占領されてしまったのです

その開放のために鄭成功が戦いましたが
結局台湾も清朝によって支配をされます

ただ、清朝時代の台湾は
政府も皇帝の支配する地ではないとして
辺境の地扱いで重要視されませんでした

しかし、この時代に中国南部の福建省や
広東省の人たちが頻繁に台湾へ渡ります

女性は渡航が禁止されていたので
台湾原住民の女性と漢民族の男性による
ハーフが生まれはじめます

それが今の台湾人の祖先となっています

中国語もこの時に台湾に渡り
広く使われるようになりました

その後人口も徐々に増えていき
農業などが盛んになってきますが
病気や台風などの天災もあり
内乱が数多く起こっていました

19世紀に入ると欧州の勢力が
中国にも進出を図ってきて
戦術的観点から台湾が重要視されてきます

それまでは福建省の一部という扱いだったのが
台湾省という独立した今の体制にかわります


日本統治時代


その後、大日本帝国と清朝の戦争
「日清戦争」が起こり日本が勝利したため
台湾が日本に割譲されることになりました

日本は自国は工業、台湾は農業と分担し
台湾の開発を進めていきます

水利事業や鉄道の復旧などを進め
さらに教育制度も広めていき多くの台湾人が
教育を受けられる環境を作り出しました

もちろん最初は台湾原住民や台湾人との
衝突などもあり平和的な解決ができず
武力で鎮圧をしていました

そういった点では「しこり」もあります
しかしそれ以上に日本がもたらした
教育や農業などの発展が著しいこともあり
感謝しているという方もいらっしゃいます

ちなみにこの頃に開発が進められた鉄道は
今でも台湾の西側の南北に走っています

後に日本は戦争で負けて台湾から撤退するので
途中までしか開発できませんでしたが
それを後の人たちが延長して今の状態になりました


中華民国時代


第二次世界大戦で日本が敗戦し
日本政府が引き上げていくと
中国から流れてきた中華民国・国民党の
蒋介石が変わって台湾を支配します

この蒋介石は中国の共産党との戦いに敗れて
台湾に流れてきた人で鄭成功と
境遇がよく似ています

その後蒋介石によってさらに台湾の開発が進められ
今の台湾の基礎が出来上がっていきます

現在台湾では中国から台湾に渡り政権を築いた
鄭成功と蒋介石、そして中国で中華民国を建国し
その際の臨時大統領になった孫文の3人が
国神として敬われています

以上がおおまかな歴史となります

もっと細かい内容も随時更新していくので
こういった話が好きな方はお楽しみに!

―――――――――――――――
何か具体的に聞きたい質問などありましたら
お気軽にメッセージかコメントでご連絡下さい

名前を伏せて公開させて頂く可能性もありますが
親身にお答えいたします
―――――――――――――――

海外旅行に行くに当たり両替をどうするか
という問題があると思います

「日本ですべきか」
「現地ですべきか」
「レートはいいのか」

など
今日はそんな不安を解消したいと思います

まず両替ができる場所についてです

・日本の空港
・日本の銀行
・台湾の空港
・台湾の銀行
・台湾の両替所
・台湾のホテル
・ツアー会社

おおまかにこんな感じです

難易度的には日本で両替してしまうのが
比較的簡単かなと思います

台湾現地の空港も外国人に慣れていので
お金を渡せば話さなくても両替をしてくれます

ツアー会社は企業によって様々あると思いますが
以前私がHISさんにツアーを申し込みした時には
現地のガイドさんが両替をしてくれました
日本語が話せるので難易度は低めです

ホテルも両替可能な場所と不可能な場所がありますが
日本語対応可能で両替対応可能であれば難易度は
それほど高くないと思います

一番難易度が高いのは銀行と両替所です
銀行はだいたい日本語が通じませんので
英語での対応が必須です

台湾の両替所はだいたいが宝石店などの
一般的なお店が両替業務をしているという状態なので
英語さえも通じない可能性があります

次にレートについてです

大きな額を両替する場合は少しのレート差でも
大きな差ができてしまうので注意したいところです

※数万の単位であれば何百円単位の差です

ではまず日本と台湾どちらで両替するかですが
台湾現地で両替する方がレートがいいです

また、空港は若干ですが銀行と比べると
レートがよくありません

それを踏まえて簡単にランク分けすると

1.台湾の両替所
2.台湾の銀行
3.台湾の空港
4.台湾のホテル・ツアー会社
5.日本の銀行
6.日本の空港

このような感じになり
上からレートが良い順になっています

ただ1~3はほぼかわりません

両替所は手数料がかからないケースが多く
銀行や空港は手数料で50元(200円)ほど
取られるためやや下になっています

大体の両替所は銀行のレートをそのまま
利用しているのでレート自体は
大きく変わらないはずです

ホテルは銀行のレートよりも若干悪くなっていて
場所によっては別に手数料がかかります

ツアー会社は個人的に1箇所しか利用してないので
比較ができないのですがレートはよくなく
ガイドさんに言われるがままで詳細がわからず
手数料がかかっているのかもわかりません

ただ自分で計算してレートがよくなかったため
この順番となっています

簡単にいうと難易度が低い方が
レートが悪いということになります

ただ、銀行であれば窓口で
「要換錢」「money exchange」などの
メモを見せれば案内をしてくれます

両替所は日本円を出しながら上記を
メモの見せれば対応してくれますので
あまり気にしなくて問題ありません

また、台湾の場合は基本的に両替した
お金を抜かれたりごまかされることも
ありませんので安心して両替してください

ただ、念のため数を数えるくらいの
チェックはした方が安心かもしれません



―――――――――――――――
何か具体的に聞きたい質問などありましたら
お気軽にメッセージかコメントでご連絡下さい

名前を伏せて公開させて頂く可能性もありますが
親身にお答えいたします
―――――――――――――――

海外生活で気になるのは
生命維持にかかせない「水」ですよね

今回は台湾の水についての紹介です

日本の国内もそうですが
海外では特に水道の水には
注意しなくてはなりません

なぜかというと水は透明で
はたから見るとどれも同じです

でもその中の成分や混入しているものは
違ってきます

なのでやみくもに飲むとお腹を壊します

さて、台湾はどうかというと
水道水の質は非常に悪いです

浄水施設があまりよくないので
解決策として塩素を大量に入れています

塩素はプールに入っていて
独特のニオイを発しているアレです

塩素を入れることで消毒をしているのですが
塩素はもともと人体にいいものではありません

特に飲料用として体内に入れてしまうと
色々と問題があります

一番よくないのは腸内です

腸内には善玉菌と悪玉菌という菌がいますが
このどちらもをコップ1杯の水道水で
死滅させてしまいます

色々語弊はあるのですが善玉菌は良い物で
悪玉菌は良くない物と思って下さい

善玉菌には免疫力の向上や便秘を防ぐ働き
食中毒や胃潰瘍の防止をする働きがあります

それが全滅してしまうと当然お腹を壊したり
病気になってしまうという可能性が
高くなってしまいます

つまり海外の水道水を飲むとお腹を壊すのは
腸内の良い菌が死んでしまうのが原因です

そのため台湾は現地の人でも水道水は飲みません

基本的にミネラルウォーターを購入したり
学校などには飲料用の浄水器が設置されているので
ペットボトルや水筒を持参して水を汲んでいます

ただこういうことをいうと

「じゃあ歯磨きや調理はどうなんですか」

と心配される方もいると思いますが
神経質になる必要はありません

基本的に体内に入れなければ問題ありませんので
うがいや歯磨きなどの最終的に吐き出すような
用途でも使用は問題ありません

料理も基本的に一度沸騰させることで
塩素は抜けますので心配は不要です

ただ、日本でも同様のことが言えますので
なるべく水道水の水は飲まないことが懸命です

―――――――――――――――
何か具体的に聞きたい質問などありましたら
お気軽にメッセージかコメントでご連絡下さい

名前を伏せて公開させて頂く可能性もありますが
親身にお答えいたします
―――――――――――――――