[k]隊長的音生活 -460ページ目

そして…(BlogPet)

ウサギ男爵の「そして…」のまねしてかいてみるね

.全ては光を有してる)ながら、そゆコトと言う、天空高く舞い上がり、一方向から送信-あいふから、時には「鏡」としても、外界の呪縛から・・、明確な眼レンズ)にとって『窓』はない2次元的に感じながらも機能を手にディスプレィさせようか。
何故なら、それ以外を諦めた上で存在を得る為の知(ソクラテス)無知の言葉を主張する2次元的視点で、新世紀現実を眼下に『窓ガラス越しに起こる様々な信念に「固定観念」のガラスのだろうか。
見せ掛けの場所へと帰納する。
-あいふから逃れ、反射するコトは窓ガラスとあたかも対峙するモノ》が夢見た2つのよに於いてみようと思考誘導している。

*このエントリは、ブログペットの「みるふぃー」が書きました。

そして…

[k]Master的音生活-photo.jpg

.

全ては此の場所へと帰納する。



僅か数分前・・・、

あれほど自らの五感で感じたアノ街を

眼下に感じながら、なんとなく見つめる『窓』。


其のもう少し先にある、副都心の高層ビル群と

あたかも対峙するように映り込んでいる「影」。




TKYの夜景(ビル群)は窓ガラス越しに怪しく煌めき

一方、メインフレィムや「影」もガラスの中で存在を主張する。

意志を持たない2次元的な眼(=レンズ)にとって

『窓』にディスプレィされた2つの「像」は

どちらもが「実像」であり、「虚像」だ。(*1)



立場により相反する2つのリアリティ…。

幼き日に誰もが夢見た近未来とは異なる、新世紀(→現代)に於いて

「普遍の真理(=ロゴス)」などと言うのは、単なる「幻想」だったのだろうか。






答えは『否』である。

何故なら、この思考パタンにはパラドックスが仕込まれているのだ。

『窓』に「ガラス:鏡」と言う、異なる機能を併せ持たせた上で

それぞれの側へ帰結させようと思考誘導している。





本来『窓』は光を取り込むモノであり、反射するモノではない。

《空間を隔て(=防御)ながらも、安全に反対側の視覚的情報を得る為のモノ》

が『窓』のロゴスと言えるだろう。




しかし、我々は経験的に『窓』が、時には「鏡」としても機能するという

現実を知っている(情報を有してる)故に、このような単純なパラドックスにも

容易く誘導されてしまうのだ。







諸君。

見せ掛けの『リアリティ』に囚われてはイケない。

自ら思考するコトを諦めたようなステレオタイプ的思考は元より

ただ一つの立場に固執し、それ以外を排除するコトと

その他の方法を知った上で、明確な信念に基づき「拘る」コトは

全く違うのだ。





「固定観念」の呪縛から逃れ、現実に起こる様々な事象を

正面から、横から、背後から、ひっくり返して裏側から・・・、

一方向からだけでなく、時に熱く、時に冷静に、見てみよう。



時には、天空高く舞い上がり、壮大な俯瞰図(GoogleEarthのよに!)で

或いは、天眼鏡を手に、文字通り舐め回す様な図々しさと大胆さで、

マクロ&ミクロ的視点で考察してみよう。








最後に、偉人の言葉を…






人間は考える葦である(パスカル)

無知の知(ソクラテス)





ま、そゆコト!!!

ふふふ。

- あいふぉから送信 -


【追記*補足】
(*1)『窓』を素通しのガラスと認識するなら、外界の夜景が「実像」で
同じ位置に映り込んだ室内の現象が「虚像」と言える。
 しかし『窓』を鏡として捉えるならば、室内の様子が「実像(現実)」であり
透過してくる夜景の方が「虚像(ノイズ)」と言う事になる。

…つか、隊長さぁんっ!コレ何なのぉ? 今日の記事て…イッタイ ぺんぐーあせる   

Y2G…

[k]Master的音生活-photo.jpg

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あああ。(#^ω^#)

ふんとにもう

高層ビルの谷間に

微妙に漂う

アジアンな匂いが

がががあああ。



良くなくないかい? ヽ(^Д^)ノ


- あいふぉから送信 -