家内の経緯と51日間の心もよう | ハンドメイドショップ 工房豆あじ

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おかげさまで家内が11月16日に無事退院することができました。

医師より、経過は良好で、今のところは安心であるとの言葉をいただいたため、

9月28日から退院までの経過をご報告させていただきます。


9月28日、

結婚して33年、病気一つしなかった家内から、


胸から腹にかけての痛みと吐き気のため、

会社を早退して帰る途中との電話が入り、

病院の予約を頼まれました。


そんな事は、初めてだったので予約を入れた後、

不安が横切り店を閉め帰宅しました。


家に帰ってきた家内は、非常に様態が悪く、

午後2時半の予約時間までは、待ていられないと思い、

私の車で筑波学園病院に連れて行きました。


病院に着くと受付で家内の様子を見た案内係の方が、

すぐに見てもらえるよう、救急での対応処置をとってくれました。


そして、血液、尿、CTの検査を直ぐにしてくれました。

しばらく経つと家内の痛みも消え、点滴を受けながらベットで休んでいました。


すると医師から、私だけ呼び出され


「CTの検査の限り、胆嚢癌と癌が肝臓に浸潤しているようだ」と


CTの画面を見ながら説明を受けました。


そして、もう少し専門的な病院に診せた方が良いかもしれないと、

病院の垣根を超えた言葉に、


「どこが一番良い病院か」と聞くと、

築地病院や東大など教えてくれましたが、


「この辺では」と聞き直すと、

「筑波大か柏の国立がん研究センター東病院が良い」との事でした。


「どちらも紹介状が書けるか」と聞くと「書ける」との事だったので、


「それでは国立がん研究センターに紹介状を書いてほしい」


「明日にも行きたいので明日の予約も入れてほしい」と嘆願し、

すぐに紹介状を書いてもらい、その場で予約を入れていただきました。


その後、医師より「奥様にも告知しますか?」と聞かれ、

「告知してください」と回答して、

家内にも告知してもらいました。


家内に国立がんセンターへ転院させる事も、

明日の予約もすでに入っている事も告げて、

先生にお礼を言い、学園病院を後にしました。



家内も私も不思議と取り乱さず、冷静に話は聞きましたが、

内心では、あまりに急な前触れもない告知に、困惑と絶望と、

今癌が、どのレベルの状況なのか、でも戦わなきゃという気持ちで、

心はぐちゃぐちゃになっていました。


家内とは「大丈夫」「まだはっきりと分かったわけではないし」

「もしそうだったとしても頑張って戦おう」との言葉しか出なかったように思えます。




翌日9時に国立がんセンターへ行き、内科の医師の受診を受ける。


医師が「学園病院から受け取ったCT画像を見る限りは

癌の可能性が非常に高い」との事で、

「今日は、血液、尿、レントゲン、心電図の検査をして帰宅してよい」との事。


「10月4日にCTとMRIの検査の予約を入れたので来院してください」と言われ、

検査を午前中に全て受けて、帰路に付きました。


帰路の途中、常磐高速の守谷サービスエリアで昼食を食べようと寄ったら、

病院より電話が入り、


「検査結果を見た医師より、すぐに引き返すようにとの指示が出て、

今日から緊急入院してもらいます」との連絡でした。


もう何が何やら訳の分からない不安な状態で引き返し、

診察を受けると、


「検査の結果、血液と尿から強い黄疸症状の所見が出ているため、

このままではまずいので、明日胆管を広げる手術をします」と告げられました。


その事が癌の告知とどう関わるのか、

相当に悪いのかが分からず、

悪い方にしか頭は回らず、

家内を病院に残して一人で帰る途中、

車内で涙が出て、叫び、発狂しそうになりました。


家に帰っても冷静ではいられず、眠れない夜になりました。



翌朝、車で10分ほどの千勝神社へ家内の無事をお願いしに行き、

その足で病院に行くと、

手術のため、既に採決と尿検査がされていて、

1時間ほどすると医師から診察室に呼ばれました。


検査結果が昨日とは違い数値が下がり、安定しているようで、

「今から胆管が塞がっているかどうか、

エコーと造影剤を使ったCTの検査をします」との事でした。


検査をして1時間ほどで医師が部屋に来て、

「胆管は塞がっていないため今日の手術は行わない」との事。


手術は免れました。


そして医師より

「一昨日の痛みや、昨日の黄疸の症状から見て、

多分胆石の可能性が高い」

との見解が示されました。


という事は、胆石のおかげで偶然に癌が見つかったという事に。


痛さは癌のせいではなく、胆石のせいだった。


その痛みがなかったら、癌は発見されなかった事になる。


夫婦そろって驚きました。


ただ、胆嚢癌の疑いは晴れず、検査入院は続きました。



10月4日、20時に内科医師の面談があり、

胆嚢癌と、肝臓への浸潤を改めて正式に告知されました。


今後、外科医師と相談の上、手術、抗がん剤など、

治療方法を検討してゆくと告げられた。


この時点では、頭の中は混沌とし、

考えてはいけない事ばかりしか考えられなくなっていて、

くだらない想像を振り払うのに必死でした。



10月5日、家内から連絡が入り、

14時より外科の医師より面談があるので、

来てほしいと呼び出されました。


医師より、癌の現状の説明と手術すれば完治の可能性もあると、


CTの画像と、医師自ら分かりやすく胆嚢と肝臓の絵を描きながら、


手術の工程や切り取る部分、癒着していた場合の処置方法、


手術時間、手術によるリスク、手術後の合併症、感染症、のリスクなど、


1時間以上かけて本当に丁寧にやさしく説明をしてくださいました。


最後に 「手術を受けますか」 との問いに、

ワラをもすがる思いで、「お願いします!」 と回答した。


医師の手術スケジュールは12月まで一杯になっているが、

家内がまだ手術ができる状態であるのと、

元気な癌で進攻が早いため、

できるだけ早く日程を組み入れるので、

それまでは自宅で風邪や他の病気に感染しないように

待機するように告げられた。


この医師との面談で、私も家内も光が見え、

気持ちがとても穏やかになりました。


肩の荷が下りたというか、

この医師に抱えていたものすべてを預けられると感じられました。

家内も同様で、今までとは違った笑顔になり、希望が見えたと言っていました。



10月7日に自宅待機のため一時退院しましたが、

いつ電話があるか分からず、病院から家内を預かっている状態で、

風邪や他の病気に感染しないよう、

家から出させないようにしながら待っていました。



10月26日、店で仕事をしていると16時に家内から

「病院から28日に再入院の連絡が入った」と嬉しそうに連絡が入りました。


家に帰って本当にホッとし、手術ができる嬉しさがこみ上げてきました。

この20日間が本当に長くって、数か月にも思えていました。



28日に無事入院、11月1日に手術と告げられました。

入院した事で、家にいるよりは安心で、

また肩の荷が降りたような気持になりました。


また一歩前進できたようで、

不安であるとともに、喜びも感じました。



31日、15時より再び先ほどの医師より

手術内容とリスクの丁寧な説明を受けました。


あとはもう、この医師にすべてを預ける事になるため、

家内と、「もうまな板の上の鯉だから、

心配しないで先生に全てを任せよう」と話しました。



11月1日、朝8時45分に手術室に入って行ったのですが、

他にも2名の方が一緒に入り、

その日だけでも知る限り5名の方の手術が行われていました。


9時15分より手術が開始。


私はPHSを渡され、手術が終わったら医師より手術の説明をするため、

呼ばれますので館内に居てくださいと説明を受けました。


予定通り手術が進めば、15時には終了予定でしたが、

15時になってもPHSは鳴りませんでした。


リスクの説明で、

「動脈に癒着している場合は、術後のリスクが大きい」


「癒着部分の動脈を切除し継ぎ合わせる手術が追加となり、

17時頃までかかる」


と言われていたので、腹をくくっていました。


そして17時20分、PHSが鳴り、

医師より面談室への呼び出しがあり、手術結果の説明がありました。


「癌は全摘できた」


「他への転移は無し」


「予定通りの手術となったが、胆管が細かったため、

ステントを付ける為時間がかかった」


「動脈への浸潤はなく、動脈合併切除はしなかった」


「完全に癌であった」


「手術は成功した」


「あとは、合併症を発症しなければ、退院できる」


と説明していただきました。


2時間オーバーの手術でしたが、

予定通りの手術と聞いて、体の力が抜けました。


本当にホッとして、嬉しさがこみ上げてきましたが、

その後、集中治療室の家内を見て、

本当に大変な手術だったと思わされました。


しかし、手術を成功させて下さった、

医師とスタッフの皆様に感謝しかありませんでした。


集中治療室には万全を期して2晩過ごし、


11月3日、一般病棟に移りました。


11月4日には血圧が上がらない貧血状態のため輸血。


11月5日から、5本出ているお腹からの管を毎日1本づつ3本外されました。

2本は退院後も体から出ている状態がしばらく続くとの事。


日々歩けるようになり、少しづつ食べれるようになりました。


11月13日、抜糸。


今はタッカーというホチキスで傷口を止めるようで、

以前で言うと30~40針の傷だそうです。

家内のJ型に切られた大きな傷跡を見て、

本当によく頑張ったと、涙の出る思いでした。


11月16日、午前10時退院。


まだ普通には歩けないが、無事に帰宅できました。

後は、根治を目指します。



本当に、本当に絶望と嘆きと混乱と喜びとで、

ほんろうされた51日間でした。


51日間という日にちが本当に長く感じられた半面、

癌の告知から51日間で完治して家に戻れたのは奇跡と感じています。



家内は本当に幸運でした。



胆石の痛みで早退した事、


私に連絡できた事、


すぐに救急で診てもらえた事、


初めの病院の医師が転院を提案してくれた事、


すぐに国立がんセンターの予約が取れた事、


黄疸の検査結果によりすぐに入院できた事、


黄疸の手術を回避できた事、


胆石の痛さで偶然にも癌の早めの発見ができた事、


素晴らしい内科医と外科医に巡り合えた事、


告知から約1か月で手術ができた事、


肝臓以外に血管及び臓器に転移していなかった事、



どれか一つでも違っていたらと思うと怖くなります。



私は日々右往左往しているだけで、

できる事と言えば、

家内の入院中は毎朝神社にお願いに行く事と、

日々、会いに行ってあげる事しかできませんでした。



この間、私のわがままに苦情一つ言わない作家様ならびに、

お店を休みご迷惑をお掛けしたにもかかわらず、

応援してくださったお客様。

このブログを読んでくださった皆様。

家内の病に全力で立ち向かい、対処してくださった、

医師の皆様、ナースの皆様、本当にありがとうございます!!


感謝してもしきれない思いで一杯です。


一生忘れられない今回の出来事は、

家内と私の夫婦観や、人生観を少し変えたように思います。

もっともっと、楽しく真面目に生きて行こうと思っています。


今回、ブログを読んでくださっている皆様に、

きちんとお伝えした方が良いと思い、

家内にも許可をもらって書きました。



尚、このブログを読み不快に思われる方がいらっしゃいましたら、

ごめんなさい。



工房豆あじ 店主